<観劇レポート>マチルダアパルトマン「おへその不在」

【ネタバレ分離】


観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

団体名 マチルダアパルトマン
おへその不在
脚本 池亀三太
演出 池亀三太
日時場所 2019/09/04(水)~2019/09/16(月)
OFFOFFシアター(東京都)

劇団紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

2018年、ぬいぐるみハンターの活動を終了した池亀三太の呼びかけによって結成。
どこか不器用な人間たちの不器用な生き様を間抜けさと哀愁で描く。
演劇がより多くの人の日常に侵食していくべく模索しながら
これまでの小劇場の枠に囚われない自由な発想によって演劇の敷居を低く、
他ジャンルとの境界を曖昧にしながらユーモア満載で活動していく。

MathildeAppartement WEB SITE

事前に分かるストーリーは?

劇団ホームページには、こんな記載がありました。

でべそがコンプレックスだった へそ曲がり女はある朝おへそをなくした。
コンプレックスを失って、コンプレックスは増幅し、コンプレックスを取り戻す旅に出る。
周りの人々を巻き込みながら蛇行を繰り返しクライマックスへと突き進んでいく、玉突き事故演劇。
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おへその悲劇についてときどき思いを巡らせます。
胎児だった頃、へその緒で母親と繋がっていたときは唯一といっていいほど、この世と自分を繋ぐ、生と死を分かつ砦だったわけなのですが、
それはもはや過去の話で、あの日無慈悲にも産婦人科医にへその緒をちょん切られてしまってからというもの、
跡地であるおへそはずっと所在なさげにそこにまだいちゃっているのです。
ある日忽然と消え去ってもきっと困りはしないけど、律儀にずっとそこに居続けている。
そんな行き場を失った末に間違った場所に鎮座し続けるおへそをまるで僕みたいだと勝手に感情移入しつつ、
宇宙全部のおへその悲劇を背負って代弁するかのような大胆さで今作に挑みます。
おへがでべそでコンプレックスだったへそ曲がり女がおへそを失って、
コンプレックスがなくなったはずなのに、
コンプレックスの元凶のおへそがなくなったことがより強いコンプレックスになり、
コンプレックスを取り戻すために迷走し周りを不幸に陥れていく無様な様を滑稽に描きたいと思っています。
チャップリンが言っていた「人生は近くで見たら悲劇だが、遠くで見たら喜劇だ」ってやつを
おへそを中心に体現したいなと思っています。
おへそは近くで見たらなんだかよく分からないし、遠くでみたらもっとなんだか分からないけど。

観劇のきっかけ

前回の公演が面白かったから、の観劇です。



ネタバレしない程度の情報

上演時間・チケット価格・満足度

観劇した日時 2019年9月4日
20時00分〜
価格 3200円 全席指定
(プレイガイド発券)
上演時間 95分(途中休憩なし)
個人的な満足度
CoRichに投稿
★★★★☆
(4/5点満点)

客席の様子

男女比は7:3で男性多め。一人で来ているお客さんが多いのか、客席は静か。私の見た回は、開演15分前から、寸劇「女剣士ジェロニモ」が上演されていました。

観劇初心者の方へ

初心者でも安心して観劇できるお芝居です。

観た直後のtweet


ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーをまとめるのが難しそうなのだけれど。
3姉妹の次女が、ある朝おへそをなくした。次女は商店街のボタモチ屋で修行中。師匠からは「美味くもなく、不味くもなく、そこそこのボタモチを作れ」と教えられている。ボタモチ屋の娘と、3姉妹の三女は学校の友達。三女がイジメられているような、いないような状況で。ボタモチ屋の師匠の娘が守っているも、実はボタモチ屋親子、母を殺された恨みを晴らすべく復讐の機をうかがいながら、目立たないように、ひっそりと暮らしている。父も娘も、目立たないようにひっそりと。町のせんべいやで働いていた夫を亡くした長女。せんべい屋夫婦。実は街を牛耳っていて、良からぬ企みに組しなかったので殺され多っぽい、夫。・・・その夫、実は夫は生きていて、公園のごみ箱の中で生活している。長女は時々、逢いに行っている。三女をイジメているのは、せんべい屋の息子。せんべいや婦人と不倫して、でもいろいろと調査を頼まれる、長女の高校時代の恋人の探偵もいて。この人たちが織りなす、不思議だけれど日常の物語。

・・・あーやっぱり相関図とかで説明しないと、上手く伝わらない物語だけれど。

ストーリーを書いてまとめてみても、よく分からない設定がいくつか。ゴミ箱の中で生活する夫。町を牛耳るせんべい屋。これ、書いていても全くピンと来ないけれど、実際に、そういうストーリーなんだから仕方ない。ちなみに、公園のごみ箱のの中から出てくる夫は、パペットマペットというか、古今亭志ん輔 師匠と一緒に出ていたへびくん・・・、要はパペットだ。もう突っ込みどころは満載なのだけれど、気が付けば・・・というか、気が付く前から、この変な世界に居る。一緒に居る、何故かいる私たち・・・という感覚。

旗揚げの2作と、本作。3作観て思うのは、マチルダアパルトマンの世界は、基礎体温が、基礎代謝の熱量が、とてつもなく低い、という事。少しズレた変な世界の表現なのに、熱量で押し切ってこない。演技力の確かな役者さんが集まっている事もあり、物語の骨格はしっかりと、組み立てていくものの、その熱量は常に低く、淡々と、淡々と、淡々と進む物語。しかも、その変な世界の中で生きる人々は、何だかみんな「まあ、そんなものでしょう」と、境遇というか状況を引き受けている感覚がある。知っている限りでは「あひるなんちゃら」が、作風としては近いのかもしれないけれど、物語性というか、そこに「意味」みたいなものを忍ばせる巧妙さという意味では、他に似た作風を知らない。

「おへそ」が何のメタファーだとか、これは暗に何を言いたい、とかいう、物語の解釈を楽しむ方法も、あるとは思う。事前のストーリーや解説にある通り、おへそは「コンプレックス」でもあり、「人としての軸」でもあり、「決して見せれない秘密」でもあり、「普段あるのになくなってしまった、でもあってもなくても忘れてしまいそうな何か」だったりと、メタファーとしては、個人的にはそんな所は感じたのだけれど。お芝居が、物凄く低~い熱量で、人なつっこく忍び寄ってくるので、メタファーとか、テーマとかを、真剣に考えよう、というのは何処かに吹き飛んでしまう。むしろ考えずに、感じているのが楽しいでしょ、という感覚。池亀三太の作品、まだまだ見始めたばかりなんだけれど、他にはない個性なんだろうなぁ、というのを感じた。

少し話が逸れてしまうが、前作から見てて思うのは、マチルドアパルトマンは、公演に対するイメージ戦略というか、ブランド付けみたいなのか物凄く上手いなぁ、という事。何処がどうだから、というのを上手く説明できないのだけれど、必然的に観てしまう何か動線みたいなのを感じる。制作さんの努力の賜物なのか、それ以外なのかは、上手く説明できないのだけれど。

気になった役者さん。早舩聖、キャンプの時も笑ったけれど、今回も何かと細かく笑わされまして。特に声が素敵だなぁというのが、録音された音声に合わせての演技で、引き立っていました。宍泥美、「えんぶ」にこのポジションの役がハマるんだなぁ、なんてインタビューに応えてましたが、確かにハマるなぁ、という感じ。ゆかりごはん、特に早舩聖との掛け合いが、ドはまりしているなぁ。葛生大雅、あ、チンチンの冒険で、自転車漕いでいたのはこの人なのね、今気が付いた。

公演中、録音したセリフを流すと、大抵の場合残念な音質にがっかりしますが、この公演の音はとてもクリアー。どの公演も、ここまでのクオリティ追求できればいいのにな。

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