タカハ劇団 「僕らの力で世界があと何回救えたか」

【ネタバレ分離】
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当日写真撮り忘れた!
どもっ\(´▽`*)。てっくぱぱです。昨日観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

タカハ劇団
「僕らの力で世界があと何回救えたか」
脚本・演出 高羽彩
2019/02/08 (金) ~ 2019/02/14 (木)  小劇場B1

観劇した日時 2019年2月13日 14時00分〜
価格 4000円 全席自由(事前にネット予約)
上演時間 115分(途中休憩なし)
Corich満足度 ★★★★☆(4/5点満点)

客席の様子・観劇初心者の方へ

twitterに流れていた口コミが広がったのでしょうか、割と一人で観に来ていた方が多かった気がします。
初心者にもお勧めできる舞台です。

タカハ劇団?

劇団ホームページにはこんな説明があります。

高羽彩が脚本・演出・主宰をつとめるプロデュースユニット。
2005年、早稲田大学にて旗揚げし、大学内外より高い評価を得る。
日常に普遍的に存在しているちいさな絶望や、どんな壮絶な状況でも変わることのない人間の些細なあり方、生き方を笑い飛ばしながらすくい取る、リリカルでクールな作風が特徴。

との事で。タカハ、と音だけ聞くと何だか政治色があるのかな、などと誤解しそうですが。
タカハ劇団 |

事前に分かるストーリーは?

パンフレットにはこのような説明がありました。

元アマチュア無線部の三人が、7年ぶりに母校で再会する。
薄暗い校舎、今はもう廃部になってしまった無線部の部室の片隅で、
古ぼけた無線機から懐かしい声が聞こえてくる。
それは7年前に失踪したきりになっていたもう一人の部員、リョウタの声だった――

ともだちがいなくなった。
いなくなったきり、みつからなかった。
ともだちの不在をおきざりにしたまま、僕らはおとなになった。
でも最近おもう。
ほんとうにおきざりにされたのは、僕らだったのかもしれない。

無線部、という設定と、何だか妙に悲しげな書き方に興味を惹かれました。

ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーを簡単にまとめると。
高エネルギー加速器を誘致して、財政的に起死回生を果たした町。祝賀のお祭りに、高校の無線部の旧友たちが学校に集合する。女市長の息子の朝利は、誘致活動の反対運動の途中に事故にあったリョウタの死を覚えていない。無線をいじっているうちに、かつて運営していたミニFMのジングルと共にリョウタの声が聞こえてくる。気が付くと、それぞれ覚えている過去が違う。東日本大震災を経験したもの、肺炎で死んだはずの先生、リョウタを海に救いに行ったはずの朝利、そして救いに行けなかった、止められなかった仲間たち。高エネルギー加速器が、並行世界を近づけてしまう実験をしている、と主張する古株の教師、生島。リョウタにもう一度出会うため、リョウタと自分の生死を交換するため、朝利は屋上に立てこもる。

と、ストーリーだけ強引にまとめてしまうとこんな感じ。パンフレットのストーリー読んだ時には、青春ものを想像していたし、半ば期待していたのだが。蓋を開けてみると、どちらかといえばSFの色が強い。しかも良質な。

思い返すと当初の「青春ものを想像した」という予想は、結局のところ間違ってはいなかったとは思う。芝居の2/3くらいまでは、青春モノだったはずだ。青春の時代。若い時分の未熟さへの後悔は、誰の心の中にも存在する。「ああすればよかった」「こうすればよかった」という気持ちは、いつだって自分の中にくすぶっていて、その気持ちは、時折私たちの人生に出現して、何かを語りかけてくる。この芝居では、無線部の3人と忽然と姿を消したリョウタを通して、この喪失感を観客に投げかける。

しかし、・・・気が付くと、それは実は全てそれぞれの並行世界(パラレルワールド)の一つだという事がわかる。一同に会して、自らの過去を語るシーンは、ホラーでもないのに背筋が凍る感覚。全員が、それぞれ別の宇宙から来ていたのか、と。それまで青春モノを観ていたと思っていたのに、突然SFの世界に叩き込まれる。高エネルギー研究所の実験が、パラレルワールド同士を混線させている、という、フィクションなのか真実なのか分からない設定を交えながら、それぞれに真実に、後悔を重ねていく。

良質なSFは、単に発想や設定が奇抜なだけでなく、その奇抜な事象が、その時代の社会や世相や、人々の間にある共通認識を、絶妙にメタファーとして取り上げている。この物語は、「青春に対する喪失感」を巧みメタファーにしている。単に「青春の後悔」を描くだけのストーリーは、たくさんある。それは正直「ありふれた物語」になる。しかしこの話は、別の世界への喪失感と、出会えなかった世界に対する恋焦がれる気持ちを、絶妙にフィクションの中に組み込んで、観る側に喪失感を一層際立たせて投げかけている。

当日パフレットを読むと、高羽彩は処女作から「いなくなった人」について書いているという事。「目の前の人も『いつかは絶対いなくなってしまう』」という感覚だという。私は、近しい人が突然失踪したり、若くして死別したりと、いった経験がない。その意味で私にとって「いなくなった人」というのは、時の流れと共に起る自然な別れの中で、忘れ行く中にある記憶を指すようだ。だからこそこの物語を「青春の物語」という捉え方をしたのだろう。

もし、突然たれかがいなくなる、という経験をしたことがある人がいたら、この物語をどう捉えただろうか。感想を書きながら、そんな事を想像してしまった。

俳優陣、非常に丁寧な演技。無線部3人組の斉藤マッチュ、観ているこちらの感情移入がし易かった。もたい陽子、軽いんだか重いんだか、深刻なんだかチャラいんだかのバランスが絶妙だった。暗転の時立っている姿が、別の人かと思ったので別の公演で観るのが楽しみ。安部優って、安部礼司の旦那さん? 松永玲子、人を無視したり、気にかけたりのバランスが絶妙。舞台に安定感をもたらしていた。若狭勝也、オドオドした感じが好きだったけれど、調べてみたらちょっと違う感じの写真が出てきてびっくり。

開演前に「とにかく光るものは電源切るように」とのお願いあり。最近小劇場を観ていて「暗転」の質が悪いなぁと、ずっと思っていたのだけれど、今回は、完全な真っ暗闇。夜の田舎道を車で行くシーンからラストまで、ペンライトっぽい光の演出から、回転ライト、プロジェクターまで、光が非常に奇麗だったのが印象的だった。ちょっと暗転そのものが長いのが残念だったけれど。「耳鳴り」のような高周波っぽい音が事あるごとに流れてくるが、失われた記憶を思い起こすのに非常に効果的だった。

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チラシの裏
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