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<観劇レポート>燐光群「Speak low, No tail (tale).」

#芝居,#燐光群

【ネタバレ分離】昨日観た芝居、 燐光群「Speak low, No tail (tale).」の観劇レポートです。

公演前情報

公演・観劇データ

項目データ
団体名燐光群
Speak low, No tail (tale).
脚本小沼純一
演出坂手洋二
日時場所2022/02/18(金)~2022/02/27(日)
新宿シアタートップス(東京都)

CoRich 公演URL

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

1982年創立。主宰である坂手洋二の作・演出作品を中心に、社会性・実験性の高さと、豊かな表現力を兼ね備えた、斬新で意欲的な新作公演を重ねている。国内での年3~5本の公演・ツアーの他、『神々の国の首都』『屋根裏』等で海外16カ国29 都市の公演を行う。1999年『天皇と接吻』第7回読売演劇大賞優秀作品賞、2002年『最後の一人までが全体である』第10回読売演劇大賞優秀作品賞、2004年『だるまさんがころんだ』第12 回読売演劇大賞選考委員特別賞。

燐光群

過去の観劇

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

声はぼそぼそ しっぽはない。
あるいは、
声は低くて 話はしない。

音楽・文芸批評家として活躍する小沼純一による初めての戯曲を、音楽家とのコラボレーション経験も豊富な燐光群・坂手洋二が構成・演出。
「批評性」と「自由さ」という共通項を持つ両者が、社会性と芸術性を両立させたパフォーマンスの共同創作に向かいます。
この時代に、私達はライヴを選びます。そう、それは、その場にいれば、わかること。

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「すぴぃくろう あるジャズ・バーのものがたり」
1992年から2010年くらい。都市のジャズ・バーで展開される物語。
「世紀末」を挟んだ、それぞれの時代の出来事。
L字のカウンターでの、客どうしの会話、そしてマスターとの交流。
「すぴいくろう、ってのはシャレじゃない。しゃべっていい。でも、大声はださない。
それがスピーク・ロウ、だ」。この店には流儀がある。

「のぅている いるはずだったいもうとのおもいで」
ぼくには妹がいる。もともと二人で飼っていた犬がいる。代々同じ名前を受け継ぐ犬たち。そして、自分が飼っているわけでもないネコを、日々見守る家族たちの姿。同居していない家族たちの、微妙な距離感。「犬」と「しっぽ」の関係についての、議論。
自由なセッションのように、重ねられていく群像劇。

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

項目データ
観劇日時2022年2月24日
19時00分〜
上演時間120分(途中休憩なし)
価格3800円 前売 全席指定

チケット購入方法

劇団のページから、予約しました。
当日現金でお金を支払いました。

客層・客席の様子

男女比は5:5くらい。
いろんな年代の人がいましたが、50代upの客が目立った気がしました。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・会話劇
・ジャズ

観た直後のtweet

満足度

★★★★★
★★★★★

(3/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

乗換駅にあるジャズ・バー。様々な人が集う。そこに集う人々の会話を、バーの中、男マスターの視点で見ながら、バーの開店当初と閉店までの時間を描く作品。比較的断片的な会話が続くのと。それとは別?に、幼い頃の犬との思い出を、老いて窓を眺めている先にいる猫の姿とシンクロさせながら描く作品。

バーのカウンター内側から見た光景は、マスターのぶっきらぼうな人柄とあわせて魅力的。ジャズ・バーなので、終始ジャズの音色が、レコードから大きめの音で流れている。途中に客からの注文で、ウインナーを調理した油の匂いが、終演まで舞台空間を支配する。それそれの憩いの場、語らいの場、人生の区切りの付けの場所。その空間が魅力的で、終演終後、ウイスキーでも一杯ひっかけたくなる欲求が産まれてくるも。

バーのシーンと交互に、犬との思い出の短いシーンが、連なるように、断片的に描かれる。…私自身がストーリーがよく理解出来てていないのかもしれないけれど、「バー」と「犬」の2つの空間の意味あいが繋がらなくて、作品として何が言いたいのか理解出来なかった。途中、音楽の流れていないジャズ・バーからの連想か、ジョン・ケージの4分33秒の解説シーンが登場するけれど、こういう作品を観に来る人に、敢えて今更、解説する理由も分からない。

バーのマスターと、(おそらく作者自身を投影した)作家とのやり取りから、どこか自伝的な要素の強い作品なのかな…と感じる。作者自身の思い入れは強いのかもしないけれど、他者の視点からは今一つ、作品の中に入れない。そんな感覚が強かった。

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