もくじ
初回投稿:2026年08月16日 11時43分
最終更新:2026年08月16日 11時43分
公演前情報
公演・観劇データ
| 項目 | データ |
|---|---|
| 団体名 | 宇宙論☆講座 |
| 回 | ラーメン音楽劇 |
| 題 | ラーメン |
| 脚本 | 五十部裕明 |
| 演出 | 五十部裕明 |
| 日時場所 | 2026/08/13(木)~2026/08/14(金) ザムザ阿佐谷(東京都) |
団体の紹介
劇団ホームページにはこんな紹介があります。
いったいどういう団体かといいますと、宇宙論☆講座は、
「やばい音楽劇」
「インスタ映えする音楽劇」
「音楽を悪用する音楽劇」
をキーワードに、大変なミュージカル作品を発表し続けているグループです。
作曲家・五十部裕明のソロユニットとして活動ののち、2020年5月に「炭火焼肉ミュージカル」で団体化しました。音楽劇では、音楽に付随するさまざまの力を盛大に活用することで、届きづらいものをすぐ届くようにしたり、時間のかかるものを一息でいけるようにしたり、小さなものの小ささを保ったまま大きく広げたり、でかすぎるものをそのでかさのまま無理のないサイズに持っていったりすることができます。
また、技術を持って悪用することで、とっつきやすさを醸したり、手っ取り早い説得力を加えたり、完成度を担保したり、感動をすり替えたりもできます。
お芝居における音楽のそういう効用を、とにかく試したり工夫したり突き詰めたりするのが好きな人間が、ずーっとそういうことを考え続けながら、音楽劇を作っているのが宇宙論☆講座です。
音楽がお芝居そのものに、ものすごいハマりかたを見せたとき、音楽は文字通り魔法となり、魔法としか呼びえない舞台効果が生まれます。
また演出面では、照明機材への偏愛をルーツとする、灯体を生き物として扱う明かり作りと、俳優の体と演奏家の体の違いというものを徹底的に作品に組み込んでいくスタイルに定評があります。
音楽そのものに関しては、グイグイと力強くキャッチーかつ、構造的に美しいものを心がけています。
過去の観劇
- 2024年06月17日 宇宙論☆講座 「生ビールミュージカル」(2024年追加公演)
- 2021年06月19日 宇宙論☆講座 「LOVEマシーン2021」
事前に分かるストーリーは?
こんな記載を見つけました
ラーメン屋のカウンターで「将太の寿司」(マンガ)を読みながら、なんとなしにラーメンを食っているサラリーマンがいる。
将太の寿司は置いてラーメンを味わえよ、とたしなめる連れの同僚。急にこの作品は中断し、一杯のラーメンと化したザムザ阿佐谷の全体を、走り回るラジコンのなると・めんま・ねぎ。飛び回るドローンの海苔。
スモークマシンの湯気のもと、光り注ぐミラーボールのスープの中、最高の一杯を求める主人公の登場と、彼に降りかかるのは、
ラーメンにまつわる試練・出会い・成長すなわちハリウッド脚本術にのっとった間違いのないドラマプロットの数々。そして歌。ラーメンの謎、ラーメンの恐怖、ラーメンの怪物、ラーメンの愉悦、ラーメンの恨み、ラーメンの慟哭、ラーメンの奇跡。
そのすべてを支えるものは音楽の力であり、実質 1800円 (え? なんか間違えてない? 料金 2800円て書いてあるけど。詳しくは公演特設サイトの屁理屈を読んでくれ) のチケ代でなぜか実現される豪華生演奏。
ピアニストの激しい打弦そして麺打ちによって、バイオリン・ビオラ・チェロの調弦がすっかり茹だり上がれば、どんぶり状の舞台には天上の音楽が響き、畳まれることのない風呂敷は無限に広がっていく。
ラーメンとはなんなのか。
いじめ、貧困、テロ、宗教、生命、人類、地球、
そして水—————————小劇場で小ぢんまりした作品を上演してはいけません。
一杯のラーメンから、びっくり壮大なサーガが展開されるのだった。「誰もがリアルにあるいは想像の中で、
いい恋愛ひどい恋愛どっちもしたことあるように、
誰もの記憶の中に、
うまかったラーメンまずかったラーメンはある」
(作曲・演出・台本/五十部裕明)これってあらすじなのか? なんというか、あらすじポエム…? 思う人もいるでしょうが、観終わったら、あれ? ああ、、、そのままあらすじだった。納得していただけることでしょう。
ネタバレしない程度の情報
観劇日時・上演時間・価格
| 項目 | データ |
|---|---|
| 観劇日時 | 2026年08月14日 16時00分〜 |
| 上演時間 | 170分(途中休憩なし トイレに行けそうな「だれ場」10分あり) |
| 価格 | 2800円 全席自由 |
満足度
(4/5点満点)
CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
感想(ネタバレあり)
ラーメン
団体三度目。ストーリーは団体紹介の通り…なのかはよくわからない。カオスな演劇。かなり緻密に練られて、しかし練られた緻密さとは裏腹の「大雑把さ」によって作られた大人の学芸会…とでも評すればいいのか。全く他人には勧められないけれど、でも唯一無二であることは確か。…いやこういう場面で「唯一無二」という言葉を使っていいのかちょっと迷うけれど。前回の「生ビールミュージカル」(2024年追加公演)、観劇しながら客も演者もビール飲み放題が心地よかっただけに…どうにもこうにも、何かが足りない。面白いとかつまらないとかは関係なく、何か忘れてない?、的な事を170分強く感じる演劇だった。
まず最初に「酒」が足りないんだろう…とは思った。物語の超要約を試みると「ラーメンとは覚せい剤のようでもあり、命の根源の水でもある」という事なのだろうが(知らんけど)、それなら酒だ、酒も命の根源だ、と酒びたくなる。ラーメン汁=覚せい剤=水=酒。酒を加えても不自然はない。酒飲みながら観ちゃいけません、的な話はなかったので、ストロング缶を友達にすればよかったのかもしれないが…途中にダレ場はあるとはいえ170分。膀胱は持たないだろう。もうすこし濃い液体を持ち込めばいいのか。そうかウオッカだ。97%のあれを持ち込めば膀胱にも優しいのかもしれない。飲まなきゃ観てられないという意味ではなく、酒のおつまみに最高な演劇なのだということで、酒が欲しい。それは切に感じたのと。
舞台の構造。ザムザ阿佐谷の通常は客席側の面を今回はステージにしているので、演者たちはほぼ舞台に出ずっぱりになるのだが、出番ではないときの顔が例外なく真剣そのもの…なのが地味に興味深い。これは意図的な演出としての真顔なのか、単純に袖口にいる役者の真剣さ故の真顔なのか、はたまたここまでカオスな演劇を作ると表情が自然と真剣になってしまうのか…よくわからない。意図の有無は不明だけれど、ネタとしては面白いものが舞台上で展開されても舞台上は誰も笑っていないという構図が何度も何度も登場する事は確か。それ故なのか…客席側も笑い声は常にまばら。「生ビールミュージカル」の時は、酒の勢いもあってガハガハ笑っていたように思う。仮にこれが意図された構図だと解釈すると、笑いをそぐ方向に敢えて構築されているのが不思議ではある。個人的には笑いが欲しい。これも切に感じた。
酒と笑い。他に何が足りないんだろう…他にも足りないものはありそうなのだけれど。あれ、芝居の内容について全然書いてないや(笑)。とりあえず写真OKだったので映えそうなのを選んで貼ってみる。…上手でラーメン食べる直前のポーズでストップモーションしたまま160分近く止まっていた氏原健太に拍手。でもあのラーメン、のびてて絶対マズい。遠藤孝の、生卵を吐き出した後のシャツに残るシミが余りにも綺麗すぎて感動(写真)。予告通り当パンが厚すぎるけれど、このページ数で中綴じ構成にしているの、地味に麺…面付けが大変そうだなぁと思い。











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