【ネタバレ分離】 ハイワイヤ「GOOD NEIGHBORS」の観劇メモです。


もくじ
初回投稿:2026年08月21日 17時50分
最終更新:2026年08月22日 8時26分
公演前情報
公演・観劇データ
| 項目 | データ |
|---|---|
| 団体名 | ハイワイヤ |
| 回 | ハイワイヤ 第三回公演 |
| 題 | GOOD NEIGHBORS |
| 脚本 | 高畑裕太 |
| 演出 | 高畑裕太 |
| 日時場所 | 2026/08/19(水)~2026/08/25(火) OFF・OFFシアター(東京都) |
団体の紹介
劇団ホームページにはこんな紹介があります。
劇団ハイワイヤは、2021年5月6日に俳優・高畑裕太主宰の劇団として旗揚げ。以降、主宰・作・演出の高畑裕太を中心に、サポートスタッフの協力の下、活動、運営、企画考案を行う。
主に個人が体験したとある経験をベースに「社会の片隅で過ぎていく誰かの半生」を描く。
生きている中で誰しもに生じる不条理、ストレス、孤独、愛など、人間の普遍的な感覚を呼び起こす作風は、観ている側に強い没入感を与えて、目に見える出来事のみに捉われず、人間が無意識の中に抱えている世界観や、「日常」と「非日常」の狭間にある抽象空間を舞台上に表出することで、常にその時のカンパニーでしか出来ない新しい表現を追求し続けている。作品を通してお客様の「記憶」に深く残り続ける瞬間を作る事を目標とした演劇団体である。「ハイワイヤ」という名称は、高層ビル、峡谷、滝の間など、通常より高い場所にロープを張って行う綱渡り「ハイワイヤー・アクト(Highwire act)」から由来している。
事前に分かるストーリーは?
こんな記載を見つけました
〰︎︎𝘾𝙤𝙥𝙮〰︎︎
あなたにとっては、他人ごと。
まだそう思ってるうちは──〰︎︎Story〰︎︎
とある住宅街で暮らす男は、自宅の周りで発生する騒音に悩まされていた。
隣には数年前から統合失調症を患ってしまった女性が住んでおり、毎日のように表通りへ出ては、支離滅裂な言葉を叫んでいた。
やがてそのことは近隣住民たちの間でも問題視されるようになり、男は地域の平穏を取り戻そうと動き始める。
しかしいつまで経っても解決しない隣人トラブルに男は次第に追い詰められていき、少しずつ様子がおかしくなっていく。
そんなある日、向かいに住む青年が、とある奇妙なことに気付いた――。〰︎︎𝙄𝙣𝙩𝙧𝙤𝙙𝙪𝙘𝙩𝙞𝙤𝙣〰︎︎
この作品は私が暮らす住宅街にいた隣人が、とあるきっかけで「変貌」してしまったその一瞬を、頭の中で何度も繰り返し再生しながら執筆しています。
当時の私は、自宅のすぐ真隣で起きていた出来事にも関わらず、なぜか目の前のことに現実味が持てなくて、まるで悪い夢でも見てしまったかのような不思議な気持ちに陥りました。
しかしあの時、「第三者」としてただジッと押し黙って見ていたとき、心の奥底に生じた微かな違和感と、その現実感のなさに、自分自身の「日本人性」を感じたような気がしました。
私たちは日々、他者と隣り合って生きています。しかし「こちら」と「あちら」の間にある境界はとても曖昧で、条件次第でいとも簡単に反転し、昨日まで傍観者だった人間が加害者になり、被害者にまで転じます。
現代社会は大きな価値観の変革期を迎えていると同時に、人々がそれぞれの正しさを主張し合い、分断を生んでしまっている社会のようにも感じます。
そんな中で、私はある疑問を抱くようになりました。
私たちは民主主義国家の中で生きているけれど、その民主主義を自ら勝ち取った経験を持たないまま、学校で教わり、制度として受け入れ、気が付けばその中で暮らしてきました。
つまり、権利を持つ主体としての自分よりも、「空気を読む社会の一員としての自分」を先に学んできたのではないか。少なくとも私には、そんな感覚があります。
私たちは本当に自らの意思で考えているのか。それとも、ただ適応しようとしているだけなのか。
私が「日本人性」という言葉で呼ぼうとしているものは、そうした曖昧で説明の難しい感覚です。
本作は、その答えを示す作品ではありません。
ただ今の自分自身が感じる言葉にしきれない違和感や、宙吊りのまま残り続けている疑念、そして説明のつかない感情の揺らぎを、そのまま舞台上に置いてみたいと思いました。
是非、劇場にお越しください。
作・演出 高畑裕太
ネタバレしない程度の情報
観劇日時・上演時間・価格
| 項目 | データ |
|---|---|
| 観劇日時 | 2026年08月21日 14時00分〜 |
| 上演時間 | 140分(途中休憩なし) |
| 価格 | 4500円 全席自由 |
満足度
(5/5点満点)
CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
感想(ネタバレあり)
GOOD NEIGHBORS
末期がんの妻がいて看病している男。隣に住んでいる統合失調症の女性がうるさくて立ち退かせるために動き出す。町内会?などで関わるうちに自分自身が追い込まれて、気が付くと自分自身が統合失調症である事に気が付く…という展開を、ひとつの解釈として捉えることができる物語だが。誰が正常で誰が異常なのか…ということを断定させないように、おそらく意図的にかなり曖昧に物語が描かれている140分。
団体初見。ストーリーを読んで観劇を決めた。うわーすごいもの観たなぁという感覚。「正常」と「異常」はひょっとしたら表裏の関係。私が異常と思っているものは正常で、私自身が異常なのかもしれない…という考えは、おそらく誰しもが一度は持った事がある考えな気がするが。そんな表裏性みたいなものを演劇として「感じさせる形」に描くのが凄い。一様の解釈ができる物語ではないので、他にも別の事を感じ解釈する人がいるように思うものの、狂おしい表裏一体の「価値観」の中に漂う事を観客に強制する、そんな演劇のように感じる。
作者自身の体験談を基にえがかれた作品というエピソードが記載されているが、物語全体が、隣に住んでいた統合失調症の女性…の苦悩を自己の立場に置き換えて追体験するかのように書かれた物語…としても読み取る事かできる。決して理解できなかった、むしろ排除しようとさえした実体験上の隣人。その時の自分のサガみたいなものを、何とか物語として理解して昇華しようとしている祈りのようにも感じる。
曖昧な物語故に様々な解釈を許しつつ、一方で日本の「世間」みたいな息苦しさと同町圧力をも描きつつ、それでもやはりその価値観に委ねているのは自分自身だ…ということだろうか。笑えるシーンもいくつかあったのだが、描いているテーマが余りにも深刻で尖り過ぎていて全然笑えない。価値観の表裏性の中に漂い続ける140分だった。
茂手木桜子の隣人役がとても印象的。舞台美術が素晴らしい。140分がちょっと長く感じたのがタマニキズ。今年のベスト10本に入るかも。




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