<観劇レポート>少女都市「向井坂良い子と長い呪いの歌」

【ネタバレ分離】
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観た芝居の感想です。


公演前情報

公演・観劇データ

団体名 少女都市
向井坂良い子と長い呪いの歌
脚本 葭本未織
演出 葭本未織
日時場所 2019/05/21 (火) ~ 2019/05/26 (日)--シアターグリーン BASE THEATER

少女都市?

劇団ホームページには、劇団紹介は載っていないのですが、以下の文章を見つけました。

少女都市宣言

少女都市は、女性の持つ暴力性をテーマに、
女性の情念を、舞台空間に女優の体と言語で解き放つ。

少女都市の「少女」とは、
喜び・怒り・憧れ・憎しみ・優越感・劣等感…
いくつもの想いが混在する情念の「器」のことだ。

傷つけられ蔑まれ、簡単には納得できない複雑な想いが
少女の体と邂逅したとき、
少女は無意識に自分自身に嘘をつく。
少女の嘘は周囲を巻き込み、
次第にひとつの大きなうねりとして社会を変えていく。

少女都市が生み出すのは、閉塞感という空気が作り出したヒエラルキーを打ち破るためのアンセムである。

少女都市

事前に分かるストーリーは?

劇団ホームページには、こんな記載がありました。

舞台は演劇の街・池袋のR大学。
売れない元子役・向井坂良い子は、演出家志望の同級生・もなみに女優としてスカウトされる。
ぶつかり合いながらも共に演劇の高みを目指す二人だったが、良い子には秘密があった。
ある少女が自分にかけられた呪いを断ち切るまでの受難の日々を描いた青春群像劇。

観劇のきっかけ

twitterのタイムラインに流れてくる、葭本未織さんのツイートが少し気になっていたので、どんな人だろう、という興味からの観劇です。


ネタバレしない程度の情報

上演時間・チケット価格・満足度

観劇した日時 2019年5月22日 20時00分〜
上演時間 105分(途中休憩なし)
個人的な満足度
CoRichに投稿
★★★★☆(4/5点満点)

客席の様子

ひとり客多し。男女、年齢層、バラバラで特定の客層を掴むことができずでした。

観劇初心者の方へ

お勧めできない程ではありませんが、少し難しい話です。覚悟して観に行きましょう。

観劇直後のtweet




ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーは、チラシの通りだけれど、ストーリーはあってないようなもの。演劇の「因果関係」や「愛や救済」といった、定石の作り方を否定するようなセリフもあり、ストーリーが主眼ではない芝居と捉えても、ハズレてはいないはず。「演劇」…劇中では「2.5次元演劇」…に、何らかの形で「とりつかれた」女たちが、その呪縛から逃れようと、もがくお話。

何処かで聞いたような例えだが、、、、結局人は自分という檻から逃れる事は出来ない。常に自分の作った鉄格子ごしに、世界を観ている。人間的に成長して、牢獄のスペースが広くなることはあれど、そこから出ていくことは決して出来ない。もし、その人間が囚われたものが「演劇」なら、自らが捉えている「演劇」からは出ていくことはできないだろう。才能の無さにもがき、聞こえない神の救いの声にもがく。そこは、檻であり、一人で遊ぶ砂場、箱庭。芝居の全編を通して描かれている苦悩は、人間としての「箱庭で遊ぶ苦悩」そのものだ。その感覚を「演劇」「演じる」という事を借りて、表現しているように受け取った。

演劇に「とりつかれた」原因に、母のモチーフが何度も登場する。親の呪縛を逃れられない、というのはありがちだが、だからこそ「演劇」というモチーフがむしろ、メタファーに感じる。もし、登場人物たちの苦悩が、母の呪縛の起点と無縁であれば、それは檻を広げる事に対する難しさや儚さの表現だと思う。彼女たちは、演劇に「魅せられた」のではなく「とりつかれた」のだ。母を起点とした物語が見通せたとき、それは私の中で、檻の話、箱庭の話、になったのかもしれない。

そう思う故か、舞台の上の苦悩は、どこか「予想可能な景色」だった。それがつまらない、という訳ではなく、どこか結末を知っている、何度も読み返した愛読小説のような空間という事。私自身も、囚われている苦悩の中にいる。間取りも広さも、十分知っているその空間。そんな自分の苦悩を思うと、今日の105分は、他人の檻の中に招かれて、彼女が普段遊んでいる箱庭の中の砂場を、あっち、こっち、と作者に強く手を引かれつつも、丁寧に案内されているような、そんな錯覚を覚えた。

では「予想可能」、すなわち「驚くべきことではない」という事に、どうして何度も思い当たるのか。それはとこか「演劇」に、自分の檻の外を観せてほしいという、儚い希望を抱くからではないか。その希望は、今日は、果たされなかったからではないか。「もっと違うものを」「もっと新しいものを」という感覚が、演劇を観る客としての私の中には存在する。KAATやアゴラ劇場をネタにした小さな笑いがあったけれど、笑いこそすれ、どこか芝居の流れには異質だった。要はこれは、「演劇」をモチーフにしながら、「演劇」の話ではないからではないか、とまたその感想に行きついてしまう。「演劇」というモチーフで、自伝的な要素を巧妙に隠したというのか、「演劇」のモチーフにせずには語れなかったのか。その詳細までは、判断が付かずだったが、感じたことが「演劇」以外の事だったという点は、自分自身の感情を何度なぞってみても、同じだった。

…と、物語の解釈について、長々書き連ねてしまったが、「苦悩の箱庭」の表現は鮮烈。セリフの中に、ハッとする表現が散りばめられていて、リフレインが効果的。割と重複の多い物語だが、105分、全く飽きる事はなかった。クライマックス「私が何の感情を持っているのか分からないなら、私の感情は、あなたが決めてください」というのが印象的。これは、「演技とは、生きる事と紙一重」という事を表している気もしたりする。

役者さん。中野亜美の、向こう側にいってしまっている演技が凄い。目が離せなかった。・・・非常に卑近な例だが、北島マヤってこんな感じなのかな、とか思ったり(表現が乏し過ぎだな・・・)。鼻水垂らしているのに、舞台に立つ姿としては美しいのはなぜだろうか。逆光の光の中で、そんな事を考えた。

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チラシの裏
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