<観劇レポート>KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ビビを見た!」

#芝居,#KAAT

【ネタバレ分離】
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観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

団体名KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース
ビビを見た!
脚本松井周
演出松井周
日時場所2019/07/04(木)~2019/07/15(月)
神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

KAAT?

神奈川芸術劇場。横浜の山下公園近くにある劇場です。

ミッション
「3つのつくる」をテーマとする創造型劇場
【モノをつくる 芸術の創造】
演劇、ミュージカル、ダンス等の舞台芸術作品を創造し、発信します。県民の財産となるようなオリジナル作品を創造し、次代に引き継ぎます。n【人をつくる 人材の育成】
舞台技術者、アートマネージメント人材など文化芸術人材を育成します。より良い作品創りのために、劇場スタッフが施設利用者をサポートします。n【まちをつくる 賑わいの創出】
公演事業の積極展開、創造人材の交流及びNHK横浜放送会館を始めとした近隣施設との連携により、賑わいや新たな魅力を創出し、地域の価値を高めます。

KAAT 神奈川芸術劇場

事前に分かるストーリーは?

劇団ホームページには、こんな記載がありました。

圧倒的な爽快感と息苦しさを美しく両立させた伝説の絵本n『ビビを見た!』を松井周が舞台化!n現代の歪みを象徴する人々のエピソードをサンプルの様に呈示し、現代社会のあり様をありのままに受け止める作風で注目を集める作家・演出家・俳優の松井周。n「ビビを見た!」は松井自身があたためてきた創作の原点とも言える作品。衝撃的なストーリーと鮮やかな色彩で「幻の童話作家」と言われる大海赫(おおうみあかし)の絵本。よしもとばななさんが絶賛し、Amazonのカスタマー・レビューは驚異の星4.9!!などカリスマ的人気を誇る傑作だ。n本作に今の社会への警鐘と共鳴を感じる松井が、独自の視点で注目のキャスト・スタッフとともに舞台化に挑む。

観劇のきっかけ

KAATの作品だという事と、チラシが面白そうに見えたからです。

ネタバレしない程度の情報

上演時間・チケット価格・満足度

観劇した日時2019年7月8日 19時00分〜
価格5300円 全席指定(当日券)
上演時間105分(途中休憩なし)
個人的な満足度
CoRichに投稿
★★★★★(5/5点満点)

客席の様子

3:7くらいで女性が多い。女性ファンが多い俳優さんが出演されていたのかな。年齢層はバラバラ。男性も含めてバラバラ。なので、浮くようなことはありません。

観劇初心者の方へ

観劇初心者にもお勧めできる舞台です。

観た直後のtweet




ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーは。
目の見えない少年、蛍。ある日、昼間にテレビを「聴いて」ていたら、どこからともなく声が。「お前の見たいものを見せてやろうか。7時間だけ。」目を開けると、視界が広がる。観えなかった目が見えている。しかし、他の人間たちは逆に目が見えなくなっていた。初めてみる「赤」「大根」「水道の蛇口」「リモコン」そして「お母さん」。テレビを見ていたら、臨時ニュース。町に巨大な怪獣が。女子供は、駅で待っている特急列車に急いで乗って逃げるように、と。目が唯一見える、蛍。母を連れて列車に乗る。
列車の中で、お互い目の見えない家族がいる中、緑色の羽が付いた少女も、目が見えていた。そして、例の怪獣が列車を追いかけるらしい事も、次第にわかる。蛍がビビ、と名付けたその少女。いろいろ話しているうちに、実は怪獣はビビの保護者で、やはり失明していて、失ったビビを追いかけているだけだという事が分かる。残り一時間。怪獣と交渉して、ビビと怪獣も仲直りして、ともに世界を見て回る蛍。最後、熱い視線でお互いの顔を見つめつつ、7時間経過。暗闇の世界へ。待っていた母は、目が見えるように。「蛍、でもね、本当はこんなのは普通じゃないのよ」と蛍に語る母。それに応える蛍。「知ってる。でもいい。・・・ところで母さん・・・」・・・というお話。nとにかく、すごい作品を観たな、という思いが強くて、何だか冷静に感想が書けそうにないが、言語化に挑戦してみると。nこの日、KAAT芸術監督の白井晃と、作・演出の松井周、主演した蛍役の岡山天音のアフタートークがあった。残って聞いたのだが(KAATのアフタートークは、チャンスがあると殆ど聞いている)面白かった。この作品「ビビをみた!」が、とにかく多層なメタファーを持っていて、観る人にとって解釈が異なる。アフタートークの3人とも、違った感想や捉え方をしている。しかも三人とも、それが唯一の正解ではない、と思っている。絵本を元にしているというのもあるたのだろうと思うけれど、非常に重厚感のある舞台に思えた。n私の感じたメタファーは。n一つは、元々は盲目の少年が、皮肉にも誰もが失明してる世界で、唯一「目が見える人」になったという事。盲目の世界は、暗転。舞台開演後、10分くらいは暗転が続く。何者かが蛍に語りかけて、7時間の「見える」時間が始まった所から、ゆっくりと光が指してくる。蛍が初めてみる世界の人々は目が見えず、それを表現するように赤い目隠しをしている。「これまでとは全く逆ね」という母の通り、蛍が母の目となり、怪獣から逃げる人々の目になる。しかも蛍が目撃するのは、怪獣が人々を殺しまくって、女子供は逃げている酷い世界。この対比がものすごく面白い。ラスト、蛍は失明た状態に戻り、母は目が見えるようになっている(当然、舞台は真っ暗)。アフタートークで白井晃も言っていたが、母の台詞「普段は本当はこんなにひどい世界じゃないのよ」という言葉。盲目の人が目が見えた時、見た世界は、本当にひどい世界だったのだろうか。どんな世界でも、その世界を実感できることが素晴らしいのではないだろうか。母との感覚のズレを思いながら、とはいえ母の優しさも感じつつ。見える事は見えてなくて、見えていないことは見えている。そんな皮肉を考える。n一つは、真実を知っている、見えているのは、ごく一部の人だという事。盲目というのは、社会に対する無知や無関心とも取れる。大人たちが盲目になって、自分の子供だけが目が見えている・・・まわりの状況が分かっているというのは、かなり皮肉だ。前半で出てくる警官がその代表だけれど、あの状況は怖い。みんなで向かって行く衆愚のようなものも表している。アフタートークで松井周が、怪獣を「大自然」、ビビを「妖精」みたいに捉える事も可能だ、という話をしていたけれど、衆愚で自然破壊を促進するようなメタファーにもとれる。また、インターネットの中にいる衆愚的な人々とも取れる。そんな事も感じた。n一つは、親は、子供の見ている世界なんて観る事が出来ない、という事。よくよく考えると、この物語全体が蛍にとっての「はじめてのおつかい」だ。子供が自立しようとしているとき、子供が観ているのと同じ風景を、親は決して見ていない。それは、子供の自我・・・突然目が見える・・・にも対応するし、親は盲目である事にも対応する。ビビと二人で親を置いて、最後の1時間を過ごす。そして、盲目になって親の元に戻ってくる様。親子愛、そして子供の自立みたいなものを思わずにはいられず、チロチロと涙が止まらなかった。「はじめてのおつかい」を終えて母の基に戻った時、「私はあなたの事を誰よりも分かっていたつもりだけれど、目が見えなくなって何も分かっていなかった、という事に気が付いた」という母のセリフ。自立を見守る、母のセリフだと捉えると、深い。nアフタートークでは「こんな事を聞くのは、野暮だとは承知しつつも」という白井晃の前置きを置きつつ、3人と、客席の感じたメタファー、物語に対する意味づけが語られて、それが人によって違い、しかも他の人の捉えた物語を聞くと納得できる、そんな不思議な感覚。(特に、白井晃は「母と子の物語、子供の自立」というテーマにそれ程感じ入っていなかった風だったが、松井周は親子の絆の視点を強く語っていたのが印象的。)何度か観ると、あるいは絵本を読んでから観ると、また印象が変わるのかもしれない。多重のメタファーの心地よさを味わった、贅沢な時間だった。n

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