まだ間に合う公演レポ(7日16時)
●5/31(日)まで 第14回春季全国高等学校演劇研究大会

<観劇レポート>田上パル「Q学」

#芝居, #田上パル

【ネタバレ分離】

観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

団体名 田上パル
田上パル第18回公演
Q学
脚本 田上豊
演出 田上豊
日時場所 2020/03/19(木)~2020/03/31(火)
こまばアゴラ劇場(東京都)

Q学 | 演劇・ミュージカル等のクチコミ&チケット予約★CoRich舞台芸術!

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

2006年、田上豊の作品を上演するために結成。熊本弁、多彩なアクション、ファンタジー性を絶妙なバランスで散りばめた、緩急の利いた疾風怒濤の展開で、観劇後の爽快感を生み出す。
第14回北九州演劇祭コンペティション部門(2006年/北九州芸術劇場)、夏のサミット2008(2008年/こまばアゴラ劇場)、MITAKA“Next” Selection 10th(2009年/三鷹市芸術文化センター)などに参加。
公募で選ばれた女子高生と創作した『師走やぶれかぶれ』『新春やぶれかぶれ』(2010年/キラリ☆ふじみ)が好評を博す。
2008年から三年間、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみにてレジデントカンパニーとして活動。出張型のアウトリーチや、創作型のアウトリーチなど参加者の年齢を問わず、ワークショップ活動も展開している。

田上パル

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

全国9都市ツアー最終地!!各地で大反響を巻き起こした『Q学』、東京凱旋!!
***
高校。表現選択科目「演劇」の授業時間帯。「演劇」の授業を選択した生徒たちは、一癖も二癖もある問題児。
自称演劇人の非常勤講師によるやる気のない「演劇」の授業は、ただの不良の巣窟と化してしまうが、無気力と惰性の時間の連続は、彼女たちの絆を深めていった。しかし、ある時、その授業が研究授業として発表しなくてはならなくなる 。非常勤講師の提案に 、全員で『走れメロス』を題材にした芝居を作ることになるが…
不良×太宰×演劇。
演劇の神様は、きっと彼女たちを素敵なところに導いてくれるに違いない。$$

観劇のきっかけ

チラシをみたのと、凱旋公演という事もあり、前評判が高かったのが観劇のきっかけです。

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

観劇日時 2020年3月19日
19時30分〜
上演時間 85分(途中休憩なし)
価格 3500円 全席自由

チケット購入方法

劇団ホームページから、Peatixサイトで予約し、クレジットカード決済しました。
当日、メールで送られてきた電子チケットを見せて、名前を伝えると、そのままチケットを発券してくれました。

客層・客席の様子

男女比は6:4くらい。シニアな男性が若干目立ちましたが、男女ともに全般的に、いろんな年代層の方がいました。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・会話劇
・にぎやか
・泣ける
・笑える

観た直後のtweet

映像化の情報

情報はありません。

満足度

★★★★★
★★★★★

(5/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーを、全体を観た上で、時系列に並べてみると。
高校の表現、演劇の授業。あくまで表現の一環としての、強制的な月曜3〜4限、2コマ。他の表現クラスが嫌だから、消去法で演劇を選んだ生徒たち8人は、みんな死んだ魚のような目をしてる。先生もやる気ない。その中で、何故か元気な生徒、坂口。彼女に乗せられて、演劇のエチュード的な遊びをしていたら、気がついたら楽しくなってる。目も生き返った。罰ゲームとか言って、ふざけてハリセンで叩きあうのも、生きてる感じがして楽しい。坂口さんにまんまとはめられたと思ってたら。ある日坂口さんが授業に来なくなった。理由はよく分からない。でも、坂口さんがいなくても、楽しくできる様になってた。いつしか彼女の不在を忘れていた。そんな中、国語の授業でやった「走れメロス」を試験として、個人個人、劇にすることになった。それと、坂口さんはスナックでお酒を飲んでるところを校長に見つかって退学らしい。走れメロスの発表会は、学校の研究授業になって、先生がたくさん観にくる。そこで、来なくなった坂口さんを引きずり出して「仕返し」をする事にした。坂口は、退学ではないし、お酒を飲んだのも誤報だった。母が入院して、余裕がないので、退学して働くそうで。生徒たちは、坂口を巻き込んだ「仕返し」の劇をする。

実は、ラストの「仕返し劇」が始まるまで70分くらい、何が言いたい劇なのか、さっぱり分からなかった。ストーリーは上記の通り時系列に書いたけど、劇中は時間が行ったり来たりする。出ている役者さんたちの殆どが、不良に片足突っ込んだ女子高生達。会話は自然で魅力的で、観ていて飽きることはなかったけれど、物語として何が言いたいのか、ラストまでまるで分からなかった。高校生の描写がデフォルメしつつもリアルなので、高校生リアル、のお話として観てしまっていた。ラスト、仕返しの劇を観ながら、あーものすごくハイコンテキスト、、、、物語をそのまま受け止めるんじゃなくて、少し別のことを表現しているのか、と気づく。気づくと、その巧みさに、自分でも理由の説明できない涙が溢れてきて困る。

あえてストーリーに絡めて語ると、たまたま「表現」というものに出会ってしまった生徒達と、たまたま理由も告げれずに退学の道を歩まねばならない人が、突然の別れの切なさや、喪失感や、一緒に過ごした時間への思いや、その他諸々の事を、なんとか表現しようとしている、演劇の風景、なのだと思う。「仕返しの走れメロス」は、あまりに破茶滅茶すぎるお話だけれど、そうやって破茶滅茶な表現をする事で、なんとか伝えたり、もやもやしたものを表現したり、そんな事を表していて。そして「演劇!」というシュプレヒコール。もう「演劇」しか選択肢がない、とさえ錯覚しそうなくらい、表現でしか表現できない、その事への賛歌のようにも思えてくる。物語を追うというより、そういった少し比喩的な、ものの見方の提示の物語、そんなふうに思えた。

いろんな事を思い出した。この話達って、理解できない現実を表現する、、、という意味では、ギリシャとかの「神話」が、産まれた時の経緯を思い起こさせられたり。星座の神話や、自然への畏敬を表す神話って、こんな経緯で生まれて、語り継がれてるんじゃないのかな、とか。それと・・・多分誰もわかってくれない例え話かも知らないけど、映画「ちびまる子ちゃん」(何故かその歴史を封印されてる、初回映画版)の、大野くんが引っ越してしまうときにお別れ会でクラスが演じた演劇の事を思い出したり。アニメ「プラネテス」の全体を貫くテーマを思い出したりもした。あと、ひょっとしたら昨年、高校演劇サミットで観た「てくてくかけてく」は、あまりピンと来なかったけど、こういう事を言いたかったのかなぁ、なんてこともフラッシュバックしてきた。



多分思い出すことは、人それぞれ違う。私の思い出したことで共通するのは、言葉にできない切なさや感謝と、それが言葉にならないもどかしさを、誰かに伝えようとしたときに感じるもどかしさ。あの、感覚だと思う。その風景を、全然関係ないこの物語で、思い出す。演劇があれば、表現があれば、なんだって伝わるさ、という心強さも同時に感じる。

折しも、コロナ自粛ムード全開。表現は必要なのか?なんてアホな議論も巻き起こってるけど。こんな、よくわからないもの、演劇じゃなきゃ表現できないだろ。なんてことも思ったり。

・・・とここまで書いて、当日パンフを読む。なるほど、作者が素行不良の一般の高校生に、演劇を教えていたのは実話なのか・・・。演劇が人生の輝かしさを取り戻す、という現実にあった主題も、もちろん表現されていた。けれど、そもそも訳が分からないものをどう表現するのか、という視点が、私自身の観劇体験としては強かったのかな、と思う。素行不良の高校生は、例えば今この劇を観て、どう思うのか・・・何てことを更に思ったり。コロナのことも言及されていて、当たらずとも遠からじ。

先生以外、皆さん制服なので役者さんと配役のの対応が、追いかけきれなかったのが残念。


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