観劇

【観劇レポ】渡辺源四郎商店「翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編<10人版>」

【ネタバレ分離】 渡辺源四郎商店「翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編<10人版>」の観劇メモです。

初回投稿:2026年09月23日 7時10分
最終更新:2026年09月23日 8時09分

公演前情報

公演・観劇データ

項目 データ
団体名 渡辺源四郎商店
渡辺源四郎商店20周年記念公演第二弾!
渡辺源四郎商店第41回公演
東京舞台芸術祭 東京舞台芸術祭 2026 Open Call Programs 参加作品
翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編<10人版>
脚本 畑澤聖悟
演出 畑澤聖悟
日時場所 2026/09/20(日)~2026/09/23(水)
ザ・スズナリ(東京都)

CoRich 公演URL

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

渡辺源四郎商店とは

  「渡辺源四郎商店は、劇作家・畑澤聖悟(はたさわせいご)を「店主」とし、畑澤自身の戯曲を上演することを主目的とした劇団です。2005年7月にスタートしたプロデュース・ユニット制作の開店準備公演『俺の屍を越えていけ』、開店公演『夜の行進』等7作品の上演を経て、2008年4月、劇団として活動を開始しました。青森市青柳のアトリエ・グリーンパークを本拠地に、クオリティの高い作品を全国へ発信しています。また、地元の中学生や高校生を対象にしたワークショップや学校公演も積極的に展開しています。

渡辺源四郎商店

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

<あらすじ>
舞台は青森県内の架空の町。高レベル放射性廃棄物の受入れを決めた町長は、
その無害化と、人々の未来を見届けるため、コールドスリープに臨む。
目覚めた彼が目にしたのは——。

<解説>
2012年、ザ・スズナリで大評判を呼び、岸田戯曲賞にノミネートされた『翔べ!原子力ロボむつ』は、高校演劇版が第60回全国高等学校演劇大会(茨城大会・2014年)で優秀賞受賞!その秋には、フェスティバル/トーキョー14に招聘され、総勢42名で『さらば!原子力ロボむつ〜愛・戦士編〜』に進化!
そして、この秋、『翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編』<4人版>と<10人版>、キャストも演出も異なる二つの世界でロボむつが再稼働します!

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

項目 データ
観劇日時 2026年09月22日
14時00分〜
上演時間 95分(途中休憩なし)
価格 5000円 全席自由

満足度

★★★★★
★★★★★

(4/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。

感想(ネタバレあり)

『翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編』<10人版>

団体紹介のストーリーに続けるならば…コールドスリープして目覚めた町長。町(?)は独立国家となり、日本の他の地域と戦争をしていた。「むつ」は核廃棄物処理システムで、かつ、他の国に核廃棄物をまき散らす戦争兵器。困ったことに核廃棄物を処理すると、更にマズい核廃棄物(「超やべっちいもの」…みたいなことを言っていた気がする)を生み出してしまう。町長に懐いた2人のロボットに頼んで、コールドスリープを繰り返すが、5万年経っても核廃棄物はなくならない。10万年経っても無害化されないものを受け入れてしまった町長が見る、悪夢のような物語。

普段は高校の教員で高校演劇部も指導している畑澤聖悟の主宰する劇団。団体としては初見だが、畑澤聖悟の作品は、高校演劇含め何度も観ている。作品中に明言はされていないが、事実上、六ヶ所村の放射性廃棄物貯蔵管理センターについて描いた作品で、これまで観た作品同様、畑澤聖悟らしい政治批判の視点が多分に含まれている。

独立した青森の国など物語にいろいろな要素はワチャワチャと出てくるものの、話の骨格としてはとても単純。核廃棄物の受け入れを決めた(物語では)町長が、無害化までにかかる10万年の年月、本当にその廃棄物の面倒を見る事になったらどうなるのか…というお話。コールドスリープでタイムスリップし、お世話をするロボットが段々と老朽化し、停止していく様子なども交えながら、その決断がいかに人間の能力を超えていて愚かであるのか…をあぶり出していく。後半、暗転とともに年月が進んでいき、ちょっとくどいなぁという印象を持ったものの(もう終わりかな…と時計を見たらまだ上演時間を残していた…というのが数度あった)、あらためて原発という人類の「発明」とどう向き合うべきなのかについて、想いをめぐらせる時間になった。

ただ困ったことに、化石燃料の限界を考えると、人類は何らかの方法でエネルギーを獲得する術を模索しなければならない…という事実も、厳然として存在することだよなぁ。六ヶ所村の話だけに限定してしまうと「貯蔵する事の良し悪し」になってしまうので、その部分だけ肥大させて語るのは、ある意味アンバランスであることも同時に感じるって事なんだよなぁ。まぁ、考えることはとても大切な事なんだろうとは思うのだけれど。

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