【ネタバレ分離】 かわいいコンビニ店員 飯田さん「こっちおいで」の観劇メモです。


もくじ
初回投稿:2026年09月24日 17時55分
最終更新:2026年09月24日 23時26分
公演前情報
公演・観劇データ
| 項目 | データ |
|---|---|
| 団体名 | かわいいコンビニ店員 飯田さん |
| 題 | こっちおいで |
| 脚本 | 池内風 |
| 演出 | 池内風 |
| 日時場所 | 2026/09/18(金)~2026/09/28(月) 駅前劇場(東京都) |
団体の紹介
劇団ホームページにはこんな紹介があります。
かわいいコンビニ店員飯田さんとは
『1秒でも多く心動く瞬間を』
自分達の持っている小さな才能を勇気を出して発信し続ける舞台創作チーム
過去の観劇
- 2025年11月14日 かわいいコンビニ店員 飯田さん「位置について」
- 2024年07月20日 かわいいコンビニ店員 飯田さん「空腹」
事前に分かるストーリーは?
こんな記載を見つけました
トリガーアラート
『とりあって』(テーマ:ハラスメント)前回『悼むば尊し』(テーマ:いじめと自殺)『空腹』(テーマ:貧困)と続き、現代のストレスを描いた物語の四作品目となります。今回『こっちおいで』のテーマは『知的格差と承認欲求』です。
ストレスシリーズは、それぞれ社会や人に虐げられたことのある方、搾取の的になったことのある方、尊厳を踏み躙られてきた方々をモデルに作品を描いてきました。
自分自身が同様な人物たちのモデルの一部でもありますが、それをも遥かに超える苦悩、苦難に苛まれている方から見えている世界では「希望」という言葉は、あまりにリアリティがなく、長期的にはもちろん、短期的な目標やそれこそ希望を持って未来を覗いていくことはできず、今日、そして今、目の前に落ちている苦しみと向き合うことしかできない状況に陥ります。
そしてそれを拾って処理することすら難しかったりします。作品を作る上で、劇場に足を運んでくださる方にただ苦しい思いを味合わせたいがために過激な表現をするのではなく、演劇という形で外から覗く私たちが、彼らの人生を目撃し、社会や近くにいる知人友人同僚、そして過去で会ってきた人々に想いを馳せ、社会構造を一緒になって考えられる時間を過ごせるようにしたいと思っておます。そのために、彼らにとっての現実的ではない「希望」は安易には描かず、彼らの訴えたい日常生活の苦しみをそのまま舞台に描けたらと思っています。
目を背けたくなる瞬間、人物を愛せなくなる不謹慎な出来事、グロテスクな表現、こうしたものに手を抜かず、徹底的に表に出すことが、その方々を見つけだす手立てとなると信じています。
その結果、舞台上で起きる現実は、観る方にとっても多大なストレスを与えうる表現がたくさん含まれてくると思います。
同シリーズ作品同様、今回も、ストレス耐性に自信がない方、過去に生活で、また人間関係にて辛い想い苦しい想いをされ、精神的に追い詰められた経験のある方はお薦め致しません。人間の善も悪も双方対等に切り抜き、目の前の空間に存在する人の営み、時間を『現実の一部分』として出現させられたらと思います。
かわいいコンビニ店員飯田さん 主宰 池内風
ネタバレしない程度の情報
観劇日時・上演時間・価格
| 項目 | データ |
|---|---|
| 観劇日時 | 2026年09月24日 14時00分〜 |
| 上演時間 | 135分(途中休憩なし) |
| 価格 | 5500円 全席指定 |
満足度
(5/5点満点)
CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
感想(ネタバレあり)
こっちおいで
子供の頃、母親の激しい虐待にあっていた兄妹の玄と舞衣子。汚い部屋のアパートに身を寄せ合って貧困の中で生きている。兄妹が母の葬式をすっぽかしたものだから、従妹が遺骨を持ってきた。それをまるでゴミのように扱う兄妹。従妹の宙は普通に働いていて結婚間近だが、もう一人の千景は兄妹には強い語調で接する一方、自身も生活保護を受けている。妹は小説家で処女作は売れたらしいが、親身になってくれている編集者の態度からは、どうも今後の出版が危ういように見える。そんな中、兄の玄はNPOの人に生活保護の相談をしていたようで、様子を見に訪ねてくる。生活保護に反対する舞衣子…状況だけをまとめるとこんなお話。
劇団3度目。初回に見た作品「空腹」が印象深かったが、前回の吉祥寺シアターの作品「位置について」がイマイチ。ホームランと空振りとが交互に来ているので、ちょっと観るのは勇気いるなぁ…と思ったけれど、SNSでの評判も上々…というよりみんな感想らしき言葉よりも「とにかく重くてすごい」という言葉を発しているので、観に行くことに。結果、観てよかった。貧困だったり恵まれない境遇を題材にしている「ストレスシリーズ」の一作。初回に見た「空腹」もシリーズの一作らしい。
肩を寄せ合ってきた兄妹の話っていうのは、物語としては定番なようにも思う(卑近な例だと「火垂るの墓」とか)。定番なだけ、どこか兄弟愛の美談のように描かれがち。何とか生き抜いてきた二人…という現実を直視して、かつ、兄にも緘黙症を抱えていた過去があるなかで、まさに社会から足を踏み外そうとしている状況を描く。本当に救いが無くて、ストレスを感じる以外のナニモノではなかったのだけれど、とはいえ同時代に生きている人間として、しっかりと受け止めないといけない…いや受け止められないとしても、少なくともこの芝居を観ている間くらいはしっかりと受け止めないといけない…そんな事を思う時間だった。
物語の構成としては…従妹の一人として、生活保護を受けている千景が物語の中にいることが、何とも秀逸だと思う。「お前みたいに生活保護受けて、ただ生きるだけになりたくない!」という、舞衣子の反抗の対象としての存在はもちろん、NPOからきた蜂須賀の「うさん臭さ」を間接的に教えてくれるのが特に秀逸。割と冒頭に近い場面で千景が「あなた本当にNPOの人?」と言ったのが冒頭からとにかく引っかかったのだけれど。途中、演劇のテーマに密接にかかわる社会の状況説明を語る蜂須賀が、登場人物の中では唯一物分かりの言い「いい人」過ぎて、(演劇のお約束としては仕方なく)説明役を担っていたとしても、人となりの違和感が段々と増大してくる。ラストの蜂須賀の上司?との短い会話…あの会話だけだと「蜂須賀にも、部屋を埋めるというノルマがある…」という事しか分からないといえば分からないのだけれど…その後の「末長いお付き合い」という言葉が、更なる搾取の構造を暗示して怖い。最初の違和感が腹に落ちて「やはり」という感覚が強かったけれど、予想通りだとしてもやはり怖い。…と(説明が長くなったが)、こんな構造を如実にする、千景の存在が秀逸。今見てみたら、当日パンフに各役の状況や間柄の説明が短く書かれているのに、蜂須賀には何も書かれていないのが更に怖い。いわゆる"支援のためのNPOの人"ではない…んだろうなぁ、この当パンからも。
作者自身の紹介文に「承認欲求の物語」とある。チラシの文にもSNSでの承認欲求について書かれているけれど…これって「承認欲求を満たされなかった」から起きた問題だったのだろうか。おそらく違う問題で、これは『愛情』の問題なのではないか。「承認」とは違うように思う。あえてミスリードの紹介をしているのか、それとも何か私が感じられない接続点があるのかは、観終わってすぐの今は何とも言えないので、もう少し冷静に考えてみようかなぁ…と思う。
ラストの方で、客席からすすり泣く声が結構聞こえたけれど、私自身は涙は流さなかった。劇場を後にすれば、私もこれ程までの貧困や愛情の欠如とは無縁の世界にいる。そんな中、涙を流して観ることが、ずいぶんと自分勝手なように思えた。涙は出なかった。
反対に、舞衣子が病院から帰って来て、面接に行くと決めてネクタイの練習をしている玄の場面…客席から微かな笑い声が出て、思わず涙してしまう。ネクタイの長さをうまく調整できなくて、一度目は長く、二度目は短くなってしまう。突如、私自身が初めてネクタイをした日を思い出す。あれは祖父の葬式だっただろうか。母が結んでくれて、それでも上手く行かなくて、その日親戚含め男性が誰もおらず、母と結び方を試行錯誤した記憶。母が一緒に悩んでくれたので、その場面の記憶は私には笑い話なのだが、玄の場合はそんな経験をすることもなく、ネクタイの結び方を習う機会もなく、つまりは誰も頼れずに大人になったのだろう。客席から笑いが起った事に涙してしまった。たぶんそれは正に、生活保護含め他人に頼れない…現実の社会から聞こえる笑い声なのだろうなぁ…。確かにネクタイの長さの調整は笑える面もあるのだけれど、自分自身の体験と重ねるととても笑えずに固まってしまった。客席の反応が私にとっては悲しくて、そして涙するなんて、私にとっても久しぶりの経験だった。




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