<観劇レポート>たすいち「足がなくて不安」

#芝居, #たすいち

【ネタバレ分離】


観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

団体名 たすいち
第31回公演
足がなくて不安
脚本 目崎剛
演出 目崎剛
日時場所 2019/12/04(水)~2019/12/08(日)
サンモールスタジオ(東京都)

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

カムカムミニキーナ、ポツドール等を輩出した早稲田大学演劇倶楽部から、
2007年に目崎剛が旗揚げしたユニット。

『ありえない』設定を『ありえそう』に見せる屁理屈でちょっとファンタジーな舞台を創る。
文学でも映像でもなく演劇でしかできないことを追求し、
笑って泣けて考えられるエンターテイメントを志向する。

2011年1月より12ヶ月連続公演を敢行。2012年4月には吉祥寺シアターで本公演を行った。
2015年、「劇王東京Ⅱ」にて、二代目東京劇王となる。
またその後、神奈川かもめ短編演劇祭で、短編演劇日本一(優勝は韓国だったため)となる。

たすいち

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

胸がざわざわする。
自分で自分のことがわからない。
ここがどこかもわからない。
まるで幽霊にとり憑かれているかのような。
地に足がついていない。
不安。
そうか、これは、不安だ。

​一生を過ごしていく内、安心を与えてくれる人は誰だろう。
短いようで長い人の生。
最後まで一緒にいてくれる人は誰だろう。
そんな自分にぴったりの人はいるのだろうか。

界隈で噂の心霊スポット。そこには一人の幽霊がいると噂されている。
その幽霊に見初められると、あの世へ連れて行かれてしまうとか、しないとか。
幽霊も実際困っていた。一体誰を道連れにしたらいい?
愛する人?親しい人?
でも大切な人には健やかにいてほしい。
じゃあどこかの馬の骨?
そもそも、自分の人生の中で大切な人って誰だったんだ?

そんな相手、見つからない、なら、育ててしまえばいい。
何せ私は、悪霊だ。

悪霊視点で綴られる、一人の人間の人生譚。

観劇のきっかけ

好きな劇団の一つです。また目崎剛さんの作品が好きです。

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

観劇日時 2019年12月04日
19時30分〜
上演時間 115分(途中休憩なし/初日挨拶含む)
価格 3500円 全席自由

チケット購入方法

劇団のホームページから、予約に進んでチケットを前売り料金で予約しました。
当日受付で、前売り料金を払いました。
当日並んだ順番に整理券番号を渡されて、その順に入場しました。

客層・客席の様子

男女比は7:3くらいで、男性の比率が圧倒的に多かったです。30代前後の男性と、50代前後の男性が多かったでしょうか。女性の年齢層はまちまち。一人で観劇している人が多い印象を受けました。聞こえてくる会話は、コアなファンが多い印象でした。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・テンポ
・シリアス
・コメディ
・にぎやか
・SFチック

観た直後のtweet

映像化の情報

この作品のDVD予約を受け付けていました。予約特典で、2000円。2月初旬発送とのこと。

満足度

★★★★★
★★★★★

(5/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーは、事前の記載通りなのだけれども。エッセンスを書くと。
一人の男、谷本創(はじめ)。生まれるころに、「悪霊」に目をつけられて。いずれとりついて、「こちらの世界」に引きずり込んでやるために「育てる」対象として選ばれた男。その男の、生まれてから老いるまでの、大河ドラマというか、私的な叙事詩というか、あるいは「走馬灯」のようなお芝居。「育てる」と言っても、その「悪霊」が取り憑いている広場にやってくるときに、ただ話すだけ。「悪霊」と、創と、取り巻く家族と、友達と、猫と、犬のシロと、周り霊たちの物語。・・・物語の冒頭は、老年期を迎えた創が、「悪霊」に話しかけられるところから始まる。創は、人生で「悪霊」とのかかわりを全く記憶していない。それもそのはず、別の悪霊に殺されそうになった時、記憶を消すことと引き換えに、生きる事を選んでいたから・・・と、書いてて自分でも混乱してくる。

三度目の「たすいち」。「たすいち」らしい、とそろそろ堂々と書いても間違いないと思う。素早い転換と、物語の進行を全く滞らせない動きと、照明とで構成される舞台。パタパタパタと、次から次へと気持ちいいように流れていく感覚。正味105分位、飽きるというか、止まる時間が全くなかったようなテンポで紡がれる物語。

創の成長の物語。よくよく思い出してみると。物語の中で、ものすごく特別な事なんて何一つ起きていなくて。個性はあるものの、どこか平凡でもある谷本創が、赤ちゃんの頃からどんどん大きくなって、高校を卒業し、東京に出て大学通い、大学を出て就職し、結婚し、地元に戻り、母が死に・・・という、ごくありふれた人生を、ただ追いかけている物語、という事も出来る。思い返してみると、一体何に感動したんだろう、と、キツネにつままれたような気さえしてくる。「たすいち」らしい舞台表現に、何に魅せられていたのか、忘れてしまったような感覚。

一方、もう一つの世界として、その人生の成長の物語の中で、「霊」あるいは「悪霊」は存在していて。何だか自信が無くて、自分がどうして「悪霊」になったのか分からない、思い出せない悪霊と、それを取り巻く周りの霊たち。「いつ、創をこちらの世界に引き入れるのか」何てことを話しているのだけれど、どことなくやる気がないというか、本気で考えているように見えなくて。それで、たまに「悪霊」に顔をみせに来る創だけれども、何だか「いい感じの交流」に見える感覚で終わってしまう。物語的な結末としては、「悪霊」は誰かの事をずっと待ち続けていた犬の霊だ、という。ほとんど説明がなされないまま幕切れしてしまったので、私自身も、解釈に自信がある訳ではないのだけれど。やはり途中から「悪霊」って、この物語で一体何を指しているのか、という、隠喩的なものが気になってくる。多分、いろんな感じ方、いろんな受け取り方、いろんな解釈が成立する物語のように思う。

私の中では・・・。「悪霊」は、夢見た事さえ忘れてしまったような「何か」だったり。思い出を構成する要素の中で、物凄く些細な事・・・例えば友達と学校帰りに食べたアイスの味とか・・・そんな些細で、キッカケをもらって想い出さないと、思い出す事さえ忘れてしまっている記憶だったり。そんな些細な何か、人生という大きな川の流れの中で、見過ごしてしまうような何かの事を表しているのかもしれない、と思った。

当初、「悪霊」は地縛霊で、公園から動けない、という説明がなされるのに、舞台後半になると公園から動けて「お前、地縛霊じゃなかったんだな」何ていう、途中で変化している設定もあり。きっとこれは、歳を経てある事を思い返すとき、その時は「絶対だ」と思っていた制約が、実は自分自身が決めていた、偽りの制約でしかなかったりする事に気がついたり・・・という事に対応しているんじゃないか、などと考える。劇中の台詞で言えば「学生の頃は、学校が社会のすべてでそ、そこで嫌われたら終わりだと思っていた・・・」的な感覚。その感覚の中のように感じる。正に「足が(つか)なくて不安」から「地に足がついてくる」感覚とも言えるのかもしれない。

そんな不思議な世界で紡がれる、人生の走馬灯。人生そのもののドラマ。「悪霊」のバックグラウンドの話が存在するだけで、不思議と「人生の途中で捨ててきてしまった何か」や「枠の中にいた若い時分」みたいなものを、観ている人それぞれが思い起こさずにはいられなくなる。そんな不思議な世界に迷い込むための、物語だったように感じる。

・・・と、ここまで書いて、何だか上手く表現するのが難しい作品な訳だけれど。根底に流れているのは、人生に対する賛歌というか、賛美のように思う。観ていて、とても切なくて、ほんの少し元気になって気分の晴れる、そんな物語だった。

そだ。書き忘れていた。冒頭のプロジェクションマッピング?的なの、ものすごくカッコいい。

役者さん。あ~いや、もう、昨今の小劇場界のエース級が大集合した感じですので。一人一人書いたら止まらないので、やめておきますが。二つ。白井肉丸の、自信のなさそうなんだけれど筋が通っている「悪霊」のインパクトが、とにかく絶大だったのと。それぞれの年齢の、谷本創を演じている四人、細田こはる、ニュームラマツ、鳥谷部城、小太刀賢のコンビネーションというか、成長していくそれぞれのフェーズと移り変わりの四人が、とても印象的だった。

ここだけの話。「足がなくて不安」ってタイトルから、実はもう若くない下り坂中のOLが、アッシー君が少なくなってきて、家に帰るための「足がなくて不安」な話だと勝手に想像していたけれど。全然違ったわ。

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舞台#芝居, #たすいち