まだ間に合う公演レポ(29日22時)
●5/31(日)まで 第14回春季全国高等学校演劇研究大会

<観劇レポート>高校演劇サミット2019

#芝居,#高校演劇,#高校演劇サミット

【ネタバレ分離】


観た芝居の感想です。

公演前情報

公演・観劇データ

団体名 高校演劇サミット
高校演劇サミット2019
日時場所 2019/12/27(金)~2019/12/29(日)
こまばアゴラ劇場(東京都)

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

高校演劇サミットは青年団演出部に所属する西村和宏、林成彦により、2010年12月に、アトリエ春風舎で第1回を開催しました。2013年度からは会場をこまばアゴラ劇場に移しました。2012年度に開催した「高校演劇サミット2012」からはプロデューサー林成彦とディレクター田中圭介の二人三脚の運営が続いています。大人の観客が高校演劇と出会う場を創出することを第一のねらいとしています。

高校演劇サミット|
2019 – 2020プログラムこまばアゴラ劇場|公演案内|こまばアゴラ劇場

出場校と作品

以下の学校の作品が上演されました。

徳島市立高校
『あゆみ(3人Ver.)』
作:柴幸男 潤色:畑澤聖悟 構成:村端賢志

都立日野台高校
『#神』
作:深堀怜生

都立駒場高校
『てくてくかけてく』
作:勝呂優花

観劇のきっかけ

昨年の作品が非常に面白かったからです。

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

観劇日時 2019年12月28日
15時00分〜
価格 3000円 一日通し券 全席自由 入れ替えなし
上演校 作品名 上演時間
徳島市立高校 『あゆみ(3人Ver.)』 約55分
都立日野台高校 『#神』 65分
都立駒場高校 『てくてくかけてく』 約65分

チケット購入方法

公演ホームページにある、青年団の予約サイトへのリンクから、予約をしました。
当日、受付でチケット代金を払いました。

一日通し券の場合、公演と公演の間でも、席を確保しておくことが可能です。

客層・客席の様子

男女比は6:4くらい。アラフォーアップのシニア男性が目立ちました。小学生位の子や、高校生や若い方、様々な年齢層がいました。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・高校演劇

観た直後のtweet

満足度

★★★★★
★★★★★

(4/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

3校の作品を観てきました。

徳島市立高校「あゆみ(3人Ver.)」

丁度昨年の今頃、feblaboが上演している同作を観たことがある。その「あゆみ」の3人バージョン。

febloabo版では8人の役者が演じていたが、舞台の中心に、8人の誰とも別の存在の架空の女性を出現させるような描き方だったと記憶している。今回の「あゆみ」は、3人が次々と女を演じつつも、一人一人がその女性「あゆみ」を演じるスタイルだった。脚本にまであたったわけではないので、実際どのようなト書きや設定書きが記されているのかは分からないので、あくまで私がそのように感じただけかもしれないが、少なくとも、feblaboバージョンと、そんな点で相違があった。

舞台はシンプル。上手と下手に、ツラから舞台奥方向に走る白い線が、一本ずつ。上手の白線を超えれると演技がスタートし、下手の白線を超える前に他の役者さんへ役を渡していく。「あゆみ」を演じたり、あゆみを取り巻く人を演じたり、次々と移り変わっていく。演じ終えた役者は、舞台後方を回って、上手に戻って来て、次の出番を待つ。上手から下手への移動を基本に時の「流れ」を見るような感覚で「あゆみ」の人生の一コマ一コマを演じていくスタイル。・・・とはいえ、3人しかいないので、下手の線を越えても、休む間もなく次の演技の準備が必要・・・と、こんなスタイルで綴られる「あゆみ」。役者さんたちは、多分演劇部のジャージ?姿で演技し、奇をてらうこのない、非常にシンプルな空間。

話の流れが、鮮やかで、軽やかで。ラスト、散歩に出た老婦人のあゆみが人生を振り返る時、ストーリーを知っているのに、思わずうっすらと涙してしまう。60分にまとめた事もよかったのかもしれない。作品が持つ、人生というものへの捉え方が、メッセージとして鮮明に浮かび上がってきていた。上手→下手の流れ付けも舞台の魅せ方としてとても効果的で、まるで「あゆみ」という人について記した本を読んでいるかのように思った。凝縮された、凄く濃い時間を過ごしたように感じた。(老婦人が人生を振り返る時は、下手から上手へと)

役者さん3人の息がピッタリ。一つのセリフの途中で役を入れ替わる事が何度も何度も起こるが、一度もよどむことなく、サラサラと流れていく感覚がとても気持ち良い。また、年齢の違う「あゆみ」や、性別も様々な人々を、瞬時に演じ分ける演技も、ものすごく説得力があり。とくに、バージンロードを歩く練習をする父のシーンでは、客席が完全に舞台に引き込まれているのを感じた。演技はもちろんだけれど、体の重心の置き方というか、立ち姿のバランスに対して傍から見るとどう見えるのか、という事への表現がとても的確で、様々な役を演じ分ける時の説得力を与える材料になっていた。

普段、舞台作品を観ている時、袖やはけ口から、舞台上に上がる「正に直前」の役者の表情を、観客は観る事はない。それは、当然のことではあるものの。今回の「あゆみ」のスタイルは、白線の外にいる時、役者はある程度、演技から離れて「素」に戻ることが許される。現実と虚構の間に「白線」という、明確な一線が引かれている。(ちなみに、feblaboの時は、誰が次の演技をするのか、を明示する境界線は存在しなかった。)白線を踏み越えて演技を始める時の役者さんの表情を、初めて観て、何度も、ゾクゾクするものを感じた。あの瞬間にも、きっと何かしらの真実が含まれている、と思った。・・・もちろん、舞台に立っている以上、その表情も含めて「演技」という、捉え方も出来るのだとは思うけれども。

その後、都立駒場高校「てくてくかけてく」を観ていた時、芝居の出演者の方が近くに座っていた。終演後「うちの『あゆみ』も、派手な照明にしようかな」なんて、冗談気味にボソッとつぶやいていたのが聞こえてしまったのだけれども(汗)(笑)。派手さみたいなのに憧れるのも分かるものの、シンプルをシンプルなままに表現する良さが、滲み出ていた作品なので、そんなこと言わないでよ~、と思ってしまった(笑)。

都立日野台高校「#神」

ストーリーは。
客席から役者さんが飛び出したかと思えば、2人で男子高校生の、よくありそうな、でも大して中身のない会話が始まり。男子高校生だもの、時にはエロ話もあり。で、一向に何も起こる気配がない。あれ・・・この構図、何処かで見たことあるぞ・・・と思って。ひょっとしてひょっとして、と思ったら大当たり。男子2人がJKと呼ぶ、女子高生3人組がエレベーターからキャピキャピ会話しながら登場。しかも、1人は荷物持たされて、首に何か巻かれてるし。突然現れたJKから、タピオカドリンクの飲みカスをもらって、悶えるように喜んでる男子高校生2人。3人は去り、現れる虫とり網を持った少年。「先生は今日は来ないけれど、明日は必ず来るって」といって去っていき。2人の男子高校生は、「行こうか」と言って何処にもいかず暗転。明転すると、そこには枯れ木(茶色い全身タイツ)の男が立っていて、首を吊れそうな学生用のネクタイが掛かっていて。同じ話の展開で幕。

・・・ベケットの「ゴドーを待ちながら」の男子高校生版、という事か。
ゴドーを待ちながら – Wikipedia

「ゴドーを待ちながら」、観ていてどこか退屈な部分がある作品だけれど、この作品は真逆で面白い。何よりも、男子高校生2人の下ネタの応酬が絶妙。「チャイルドプレイ」を誤解してエロく取るとか、「ひらがなと付き合うなら、『ぬ』が巨乳だからいい」とか「『り』と『え』がエロいとか」とか。会話の無意味さ、アホさ、エロさの加減が、絶妙。2幕で登場するJKは、ジャージの上からパンティを履いていて、興奮する男子に「流行りじゃん。インスタ見てないの?」と言い放つ。まるで、高校生の頭の中が、具現化して現れてしまったような感覚。男は誰だって、2秒に一回はエロい事を考えている・・・ていう調査結果があったように思うけれど、男子高校生をモチーフにして、この男のしようもない感覚も表現されていて、面白い。とはいえ、パンティを除けば、直接的な過激な表現がある訳ではない。それなのに、会話で紡がれる男子高校生の邪な「性」の捉え方が、妙に生々しく立体化した。しかも、その微妙な表現を、高校生自身が意図的に作って演じている、というのに驚いた。

主人公2人の、会話のナチュラルさが際立つ。ナチュラルだけれど、計算されつくしているのも観ていてわかり。笑わせてもらいつつも、演技の妙も光っていた。ぽん役は、体調不良で入れ替わっていたのに、あのうつろな表情が結構インパクト強かった。

ベケットの「何かを待っている」という不条理作品を高校生の設定でやって見せる、という点においては、私自身は、新たなテーマや命題、みたいな部分を、作品に見出す事は出来なかった。ゴドーのパロディの手法で、ベケットが主張しているのとは異なる新しいテーマを提示している作品は、古今たくさんある。しかしこの作品は、テーマ性という意味では、ベケットと同じ世界の捉え方をした、と感じた。顧問の創作脚本の作品かと思いきや、当日パンフレットを見る限りは、演劇部員。高校二年生の作品。ベケットを料理しているのと、この絶妙な男子高校生の感覚を、脚本に盛り込んでいるのは、ただただスゴイ。

都立駒場高校「てくてくかけてく」

ストーリーは。
図工室?、既に使われなくなってしまった教室に、何故か集まってしまう女子高生たち。どうも、一人一人、ホームルームの教室では、どこか生きづらさを持っているようで。息抜きするために、たまたま集まってしまった関係のよう。ここに集まる人だけで、何か1つの「部活」を創ろう、というも、なかなか決まらず。そうこうしているうちに、ある日突然いなくなったクラスメートの遺書が見つかる。そこから語られる、高校生一人一人の絶望への物語と、希望の提示の物語。

物語として、個人的にちょっと苦手なタイプの一本。随分前に観た映画「ヴァージン・スーサイズ」や映画「旅するジーンズと16歳の夏」、あとちょっと方向性は違うも映画「台風クラブ」などを思い出す。ひょっとするとテーマは「居場所がない若者」あるいは「どこかに悩みやコンプレックスを抱えている若者」全体なのかもしれないけれど。私的には、若い女性が持つ特有の視点・・・という風に受け止めてしまった。設定として、男性が入る余地がないのかは、脚本にあたっていないので分からない。この物語を理解するには、ひょっとしたら私は、少しオジサンになり過ぎたのかもしれない。

役者さんが上手い。全員セーラー服で、変化と言えば違う色のリボンをしていることくらいなのに。それぞれの役の個性が、強烈に伝わってくる。個性が際立たないと、成立が難しい物語のように思うし、割とストレートな表現をぶつけ合うシーンもあるので、精神的にタフでないと演じきれない舞台のように感じたけれど、全く揺らぐことがない世界観が出来上がっていた。衣装が制服でなければ、高校生が演じている、という事を忘れてしまうくらいの、強固さだった。

加えて、ラストに向けて展開するダンスなどの動きも交えたシーンが印象的。冒頭の、かなりゆっくりとした話の導入からは、考えられないテンポの良さ。葛藤だったり、感情のうねりを示している象徴シーンと捉えられると思うけれど。照明も含めた空間の作り方が、とても鮮やかだった。