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【映画レポ】「クルーシブル」

#映画

映画基本情報

タイトル

「クルーシブル」

1997年製作/124分/アメリカ/原題または英題:The Crucible
配給:20世紀フォックス映画
劇場公開日:1997年4月26日

キャスト

John Proctor:ダニエル・デイ=ルイス/Abigail Williams:ウィノナ・ライダー/Judge Danforth:ポール・スコフィールド/Elizabeth Proctor:ジョアン・アレン/Reverend Parris:ブルース・デイビソン/Reverend Hale:ロブ・キャンベル/Thomas Putnam:ジェフリー・ジョーンズ/Giles Corey:ピーター・ボーガン/Mary Warren:キャロン・グレイヴス/Tituba:シャーリーン・ウッダード/Ann Putnam:フランセス・コンロイ/Judge Sewall:ジョージ・ゲインズ/Betty Parris:レイチェル・ベラ

スタッフ

監督: ニコラス・ハイトナー /脚本:アーサー・ミラー/原案:ジョナサン・ヘンズリー/製作:ロバート・エー・ミラー,デビッド・V・ピッカー/撮影:アンドリュー・ダン/美術:リリー・キルバート/音楽:ジョージ・フェントン/編集:タリク・アンクワール/衣装デザイン:ボブ・クロウリー/字幕:戸田奈津子

公式サイト

[クルーシブル]()
(公開後、一定期間でリンク切れの可能性あり)

映画.comリンク

作品解説

17世紀末、米国で実際に起こった魔女狩り裁判を描いた重厚な人間ドラマ。赤狩りといわれた50年代米国のマッカーシズムへの批判として書かれた、米国の劇作家アーサー・ミラーの戯曲『坩堝』を、彼自身の手で映画用に脚色(シモーヌ・シニョレ、イヴ・モンタン主演、レイモン・ルロー監督の「サレムの魔女」に続く2度目の映画化)。監督には『回転木馬』『ミス・サイゴン』『リア王』などの舞台で知られ、映画は「英国万歳!」に続いて2作目となる英国の演出家ニコラス・ハイトナーがあたった。製作はアーサー・ミラーの長男ロバート・A・ミラーと「ステラ」のデイヴィッド・V・ピッカー。撮影は英国のTV界で活躍し、ハイトナーとは前作でも組んだアンドリュー・ダン、音楽は「大地と自由」のジョージ・フェントン、美術は「ストレンジ・デイズ 1999年12月31日」のリリー・キルバート、編集は「ボディガード」のタリク・アンクワール、衣裳は舞台畑でも活躍し、ハイトナーとは舞台も含めて6度目の顔合わせのボブ・クロウリー。主演は「父の祈りを」以来3年ぶりの出演作となるダニエル・デイ=ルイスと、「BOYS」のウィノナ・ライダー。共演は「グレイス・オブ・マイ・ハート」のブルース・デイヴィソン、「クイズ・ショウ」のポール・スコフィールド、「ニクソン」のジョーン・アレン、「エド・ウッド」のジェフリー・ジョーンズ、「ポリス・アカデミー」シリーズのジョージ・ゲインズほか。

あらすじ

1692年、マサチューセッツ州セイラム。農夫のジョン・プロクター(ダニエル・デイ=ルイス)はまじめな働き者で、仲間の信頼を集めていた。妻エリザベス(ジョーン・アレン)との間には2人の子供がいるが、清教徒の彼女はセックスに淡白だった。ジョンは召使の少女アビゲイル(ウィノナ・ライダー)の魅惑的な肉体に惑わされ情事に溺れるが、妻に知られてしまう。追い出されたアビゲイルは牧師の叔父パリス(ブルース・デイヴィソン)の元に身を寄せるが、ジョンへの思慕とエリザベスへの憎悪の念は日増しに強くなる。その頃、パリスの家で働く黒人の娘ティテュバ(チャーレイン・ウッダード)が呪術で願いを叶えてくれるという噂が少女たちの間で広まり、プロクター家のもう一人の召使メアリー(キャロン・グレイヴス)ら若い娘たちが集まり、満月の夜に踊り狂っていた。パリスがこの異様な光景を目撃すると、娘たちは逃げ帰った。パリスの娘ベティ(レイチェル・ベラ)もその中におり、家に帰ると父親の前で悲鳴と共に半狂乱状態となる。パリスはこれこそ悪魔と契約した魔女の仕業だと主張し、魔女逮捕に乗り出す。彼には町中に魔女の恐怖を植え付けて民衆を支配し、自分たちの権力の強化を図ろうという狙いがあった。ボストンからダンフォース判事(ポール・スコフィールド)がやって来て、魔女狩りが本格化する。一方、ジョンはアビゲイルの本心を確かめたくて彼女に会うが、激しく迫る彼女を拒み、愛はなかったと告げた。それ以来、アビゲイルは悪魔にとりつかれたふりをし、少女たちを煽動して狂乱の行動に駆り立てる。マインド・コントロールされた少女たちはアヒゲイルの暗示でマス・ヒステリー状態に陥ったが、彼女は魔女の呪いを受けたからだとふれ歩く。エリザベスを魔女だと告発して亡き者にし、ジョンと一緒になりたい一途な思いは、彼女をますます狂気の世界に誘う。ダンフォースは彼女たちを聖女と呼び、魔女を告発させると次々に逮捕していった。人々は疑心暗鬼で隣人を何の証拠もなく魔女だと告発、町は恐怖に覆われてパニック状態になった。エリザベスはアビゲイルの悪巧みを直観するが、彼女も魔女の容疑で逮捕されてしまう。ジョンは妻を救おうと、メアリーに全てが嘘であることを証言させる。これまでの陳述が覆されたため、法廷は動揺する。その場にいたアビゲイルは突然、悪魔につかれた恐怖に狂いだすふりをしたため少女たちも連鎖反応を起こし、法廷は騒然となった。たまりかねたジョンは、ついに恥を忍んでアビゲイルとの不倫を告白。全ての原因が彼女にあると言う。だが、エリザベスは夫の名誉を考えてそれを否定した。ジョンの立場は悪化し、しかもアビゲイルの脅しに怯えたメアリーが彼を悪魔の手先だと告発し、ついに彼も逮捕された。逮捕者は拷問を受けた末に、問答無用で絞死刑が敢行された。ある日、アビゲイルがやってジョンの牢獄に現れ、一緒に逃げてほしいと言うが、ジョンは応じなかった。ジョンはエリザベスと最後の対面をした。彼女は妊娠していたため命だけは助けられた。仲間を告発すれば助けてやるという誘いを断り、ジョンは真実に殉ずる決意をする。彼の抵抗がきっかけで多くの人が続くが、彼を含む19人が絞首刑となり、悲惨な最期を遂げた。

感想(ネタバレあり)

個人的に、アメリカの戯曲を映画・映像で見るシリーズ。アーサー・ミラーの戯曲。時代的には「セールスマンの死」の後くらい。アメリカと西の勢力が「赤狩り」…レッド・パージに明け暮れていた頃に、その流れにあがなって書かれた作品。

セイラムの魔女狩りの話の史実と、1950年代の時代と、現代の視点と。見ていていろいろ入り混じる。お話は、若い少女の恋心が、周りの人々を魔女狩り裁判の中で罪人に仕立てられていくお話。史実ではないものの、説得力のある話になっている。

アメリカ三大劇作家の一人アーサー・ミラーの作品だけれど。…率直に言うと煮え切らない。作品として致命的なのは、時代的な背景を知らないと理解が難しい…というか、短絡的な理解に陥らざるを得ないという物語構成な点と。とはいえ時代背景を抑えると、ホント訳わからない事が、自由の国アメリカで起きていたという事。アーサー・ミラーが、後世に残る、という視点で書いている訳でもないだろうからミラーに不満を言うのは的を射ていないのは分かりつつも、これを「傑作」だとしてしまうと、誤解する人多数な気もする。

個人的には、SNSでは力を持った者が、魔女狩り的な私的裁判を勝手にやらかしている点にも重なって見えるのが何ともおぞましい。観ていて怖いとは言いつつも、大多数の人にとっては、言われないと分からない…かも。まあ、断罪する側はそんな事知らずにやっているのだから、今こうやって言うしかないのだけれど。更生に残るかは知らんけれど。

そして更に怖いのは、子どもたちは虚偽の発言を「しがち」だという点をどうと捉えるか…という事。書くことをはばかられるが…子供たちが正しい事をいう訳でもない…という教訓…かもしれない。違うかもしれない。

インターネットの世の中。記録が残っているようで消えがちだけれど、歴史に学ばず、やってはいけないことを繰り返している輩がいるのかもしれない、とか思うと、SNSが発展しても意外にも大して近代化はしていない、むしろ悪化していると思ったり。

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