<観劇レポート>東京演劇アンサンブル「タージマハルの衛兵」

#芝居,#東京演劇アンサンブル

【ネタバレ分離】昨日観た芝居、 東京演劇アンサンブル「タージマハルの衛兵」の観劇レポートです。

公演前情報

公演・観劇データ

項目データ
団体名東京演劇アンサンブル
タージマハルの衛兵
脚本ラジヴ・ジョセフ
演出三木元太
日時場所2021/09/08(水)~2021/09/12(日)
シアターグリーンBOXinBOXTHEATER(東京都)

CoRich 公演URL

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

21世紀の初頭にあたって、東京演劇アンサンブルは人間の精神に問いかける演劇運動を展開しつづける。演劇が物語を語る道具ではなく、目的のための思想の伝達手段でもないことは、20世紀の演劇をつうじて確かめられたことであると、我々は考えている。

演劇は、作品をつくる過程のなかにこそ生まれる。作品行為こそ、人間の精神に揺さぶりをかけ、時代状況に切り込める。それは俳優が劇場の舞台に立ったとき観客とともに生み出すものである。そのような「瞬間」に生きる「俳優」に賭ける舞台は、まさに20世紀の日本の新劇運動の歩みを最も創造的に継続するものだ。

日本の演劇が、伝統演劇から現代演劇まで、ますます多様化しているなか、広渡常敏と東京演劇アンサンブルの仕事の個性は、際だった道を辿っている。商業主義の蔓延した日本の演劇界の流れのなかで、ひたすら自身の求めた演劇の理想を追求することが、多くの観客に支持され、劇団内部の活力の源泉ともなっていくことを創立以来実践し続けている。

21世紀、東京演劇アンサンブルが中心に据える仕事は、既に前世紀のものとして捨てられようとしている“革命”の精神をとらえ直すことである。変革への憧れと自身への戦いなしに人間はない。演劇の言葉が革命を語るのではなく、「言葉を語ることとその言葉を受け取る瞬間が革命そのものであるような演劇」が、本当に自由な人間の精神をつくりだし、人間が生きる状況をつくりだす。世界を動かすエネルギーとなるような演劇を、広渡常敏と東京演劇アンサンブルは求め続ける。

東京演劇アンサンブル

過去の観劇

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

建設期間中は誰もタージマハルを見てはならない」と皇帝からお達しがあってから16年。
1648年インドはムガル帝国の、アグラの街。
ついに完成の時を迎える前夜、夜通し警備についているのは
幼馴染でもある下っ端衛兵のフマーユーンとバーブルの二人。
警備中はタージマハルに背を向けて、沈黙のまま直立不動でいなくてはならない。
だが、空想家のバーブルは黙っていられなくなり
律義に立ち続けるフマーユーンに話しかけてしまう。
真面目なフマーユーンとだらしのないバーブル二人のとりとめのない会話は仕事や物事に対する二人の考えの違いがにじみ出るものとなる。そんな中、二人は突如、2万人もの民衆の手を切り落とすよう、皇帝から命令を受ける。
やがて二人は、バーブルが発した言葉をきっかけに
あまりにも理不尽で悲劇的な状況に追い込まれていく。
フマーユーンが出した結果の先にある二人の未来は……

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

項目データ
観劇日時2021年9月10日
14時00分〜
キャストCキャスト
上演時間120分(15分の休憩を含む)
価格3800円 全席自由

チケット購入方法

カンフェティのサイトで予約、決済しました。
セブンイレブンでバーコードを見せて、チケットを受け取りました。

客層・客席の様子

男女比は5:5くらい。
平日マチネだからか、年齢層は50代upの方が目立ちました。

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・シリアス
・会話劇
・考えさせる

観た直後のtweet

満足度

★★★★★
★★★★★

(5/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

ストーリーは、事前の紹介の通りだけれど、補足すると。皇帝が手を切り落とすように命じたのは、タージマハルの完成後は、タージマハルより美しいものがあってはならないと望んだから。建設に携わった人すべての手を切り落とす、血まみれの汚れ仕事を苦悩しながらこなすふたり。そのおかげで昇進し、皇帝の護衛兵になる事に決まる。しかしバーブルは、その地位を利用して皇帝を殺すことを決意する。二万人の手を切り落とし、タージマハールより美しいものを作らないという事は、「美」を殺したのと同じことだ、と考えたから。皇帝弑逆を知った友は、彼を投獄する。軽い罪で済ますはずが、バーブルの手も切り落とすよう命じられる。

重かった。話に含まれている隠喩というか、象徴しているものについて考えると、とにかく重かった。多分、観る人によって何を言わんとしているのか、感じ方は様々あるように感じる。その余白の部分も大きくて、重いけれど、とても印象に残る作品だった。

衛兵の仕事は、社会の中の末端の人間の仕事の隠喩。例えば、国家の命令で戦場に出ていく兵士。ベトナム戦争帰還兵の苦悩が割と有名だけれど、そんな「他人を不幸にすることを権力から命令されて、仕事してやらなければいけない」という事を思う。あるいは、兵士とまではいかなくても、勤め人や役人として、組織の末端で働く人々にも重なって見える。衛兵ふたりは、スーツ姿にネクタイ。現実世界の衛兵は、タージマハールという資本主義の城を守っているのかもしれない。組織の中で、陰鬱として自らの倫理に反して過ちを犯してしまったり、単にお金を稼ぐ手段であるはずの仕事で、うつ病や自死を選んでしまう人と重なって見えた。

中盤、2万人、4万の手を切り落とす仕事のシーンが鮮烈だった。赤い水しぶきにどっぷりつかる二人の衛兵。その後のシーンで、会話しながら舞台ぢゅうに散らかった血を掃除して片付ける。飛び散る血が何よりもインパクトがあったし、後半はその赤く染まった状況にどこか慣れている自分に、むしろ戦慄したりもした。

ラジヴ・ジョセフは、インド系アメリカ人。元々2015年にアメリカで初演された戯曲。2019年に新国立劇場で上演されたのが、日本では初めての上演らしい。この血のシーン、戯曲にはどのように書かれているのか、新国立の上演や、他の上演ではどのように演出されているのかが、とても気になった。