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<観劇レポート>劇団印象-indian elephant-「藤田嗣治〜白い暗闇〜」

#芝居,#劇団印象

【ネタバレ分離】昨日観た芝居、 劇団印象-indian elephant-「藤田嗣治〜白い暗闇〜」の観劇レポートです。

公演前情報

公演・観劇データ

項目データ
団体名劇団印象-indian elephant-
劇団印象-indian elephant-第27回公演
藤田嗣治〜白い暗闇〜
脚本鈴木アツト
演出鈴木アツト
日時場所2021/10/27(水)~2021/11/02(火)
小劇場B1(東京都)

CoRich 公演URL

団体の紹介

劇団ホームページにはこんな紹介があります。

「印象」と書いて「いんぞう」と読む。
劇作家・演出家の鈴木アツトを中心に2003年に設立。「遊びは国境を越える」という信念の元、“遊び”から生まれるイマジネーションによって、言葉や文化の壁を越えて楽しめる作品を創作している。主な作品は『エーリヒ・ケストナー~消された名前~』、『グローバル・ベイビー・ファクトリー』、『青鬼』(若手演出家コンクール2012優秀賞・観客賞受賞)など。海外での上演・共同創作も多数。

劇団印象-indian elephant-

過去の観劇

事前に分かるストーリーは?

こんな記載を見つけました

東洋と西洋。
その狭間で己(おのれ)の“絵”を模索し続けた、日本人画家の傷を抉(えぐ)る。

〈劇作家より〉
1920年代のパリで活躍し成功した藤田嗣治。国際経験も豊富な彼が、なぜ日本型ファシズムに乗っかり戦争画を描くに至ったのか? 太平洋戦争時の藤田がどんな野心を持っていたのか? 書くことで体感しようと思い、この戯曲を書き始めた。

藤田を調べていく中で、当時の画家たちの全てではないにしろ多くが、自ら従軍して国威発揚の絵を描いていた事実を知った。社会の役に立つ絵を描きたい、という若い画家たちの素朴な思いが、やがて、日本の画壇全体で戦争画を描くという波を作り上げる。藤田は、その波に後から乗った画家だったが、誰よりも華麗だった。誰よりも鮮やかに波に乗った。

私は、藤田にも、国民の熱狂を作り出すことに加担したという意味で、罪があったと考えている。しかし、現代の視点で彼の戦争画を見ると、単純な戦意昂揚を狙っただけの絵ではないとも感じる。彼の戦争画は、人間の業としての戦争を、人類の“闇”を捉えようとしている。だから私も、目を凝らして、その“闇”を掴もうと手を伸ばした。

ネタバレしない程度の情報

観劇日時・上演時間・価格

項目データ
観劇日時2021年10月27日
19時00分〜
上演時間135分(途中休憩なし)
価格3500円 全席自由

チケット購入方法

CoRichのページからチケットを予約しました。
当日、現金でお金を支払いました。

客層・客席の様子

観劇初心者の方へ

観劇初心者でも、安心して観る事が出来る芝居です。

芝居を表すキーワード
・会話劇
・半生記

観た直後のtweet

満足度

★★★★★
★★★★★

(4/5点満点)

CoRich「観てきた」に投稿している個人的な満足度。公演登録がない場合も、同じ尺度で満足度を表現しています。
ここから先はネタバレあり。
注意してください。

感想(ネタバレあり)

実在する画家、藤田嗣治(ふじたつぐはる)の半生記。1913年、27歳でパリに住み着くところから、帰国し第二次世界大戦終戦の出来事を描きながら、新しい画法で絵を描く事への情熱を傾けた藤田の情熱と、第二次世界大戦に従軍画家として戦争を絵画にする葛藤を、(おそらく)一定の創作的な事実を交えながら描いた作品。

恥ずかしながら、藤田嗣治(レオナール・フジタ)という人を知らなかった。また、毎度のことながら特に事前情報を読まずに観劇したので、いわゆる史実なのか、観劇しながらちょっと迷う部分はあったものの。藤田嗣治という人の生き様を、濃厚な人間関係の芝居で描く作品。135分と割と長めだけれども、殆ど時間を意識することなく、没頭して観る事が出来た。

前半、パリの留学のシーン。どこか、軽さというか、藤田嗣治があか抜けていき、パリの空気に染まりながら、自分の画風を確立していく様子。藤田の絵の特色のひとつ「乳白色の肌」は、かつて恋人だった人が結婚し、赤ん坊を連れてきたときに、ベビーパウダーを使う事をひらめいた…というのはおそらく創作だろうけれど、どこか女を軽く扱っている…というか、絵画の事しか考えられない姿が印象的。

後半、日本に帰国し妻を迎え、弟子まで取る生活のさなか。戦争で、従軍画家となる事を周りから推される。葛藤はあるものの、そこにある種の「美」を見出し、しかも「国民」から求められるのだから、と邁進していく。戦後、状況が一変し、むしろ戦犯として追及されていく。その苦悩への過程。戦中にあり、どうにもならなかった事にどう向き合うのか…という苦悩。

ふと思ったのは。劇団チョコレートケーキの古川健の作品は、戦争に加担することに「仕方なかった」と言ってはいけない、と迫ってくる作品が多い。一方、藤田嗣治の芝居のラストの葛藤や、その後の人生をWikipediaで読んでいると、仕方なかった、などと言い訳は決してせず、むしろ日本から捨てられた、と言い放つ。冒頭、軍医総監だった父から「お前は日本人だ」と教えられる藤田。アイデンティティをどこかにしっかりと置いたときに、その外側に出て何かを語る事に、若干の偽善の匂いというか、実際は不可能である事が混ざっている事に、この話を観ていると気が付かされる。

終戦付近で物語は終わるものの。その後の藤田は、パリに移住し、フランスに帰化し日本国籍を削除したらしい。画家という激しい人生を通して、アイデンティティに根差して、不幸な時代を生きるとはどういうことか…。それでもアイデンティティを貫くとはどういう事か。そんな事を、ぼんやりと考えながら観ていた。藤田の絵も、人となりも、全く知らなかったけれど。美術館にでも足を運んで、一度見てみたい。そんな、藤田嗣治という人の生き様に、興味を持たされる作品だった。

劇中、ちょっと解釈し切れなかった点。弟のように出てくる、村中青次は、どんな立ち位置の人物だったのか(実弟かと思ってたけれど、おそらく違う)。後半はむしろ心象風景に登場するので、分からなくても物語全体の理解には支障はないものの、個人的にはちゃんと理解できなかったのでメモ。

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