<映画レポート>「タイトル、拒絶」
【ネタバレ分離】昨日観た映画、「タイトル、拒絶」の鑑賞レポートです。
もくじ
映画基本情報
タイトル
「タイトル、拒絶」
2019年製作/98分/R15+/日本/配給:アークエンタテインメント
キャスト
伊藤沙莉/恒松祐里/佐津川愛美/片岡礼子/でんでん/森田想/円井わん/行平あい佳/野崎智子/大川原歩/モトーラ世理奈/池田大/田中俊介/般若
スタッフ
監督: 山田佳奈 /脚本:山田佳奈/プロデューサー:内田英治,藤井宏二/キャスティングプロデューサー:伊藤尚哉/撮影:伊藤麻樹/照明:井上真吾/録音:丹雄二/効果:丹雄二/美術:中谷暢宏/衣装:吉田直美/ヘアメイク:合谷純子/劇中歌:女王峰/助監督:鈴木宏侑/スチール:山本和穂
公式サイト
タイトル、拒絶
(公開後、一定期間でリンク切れの可能性あり)
映画.comリンク
作品解説
それぞれ事情を抱えながらも力強く生きるセックスワーカーの女たちを描いた群像劇。劇団「□字ック」主宰の山田佳奈が、2013年初演の同名舞台を自らのメガホンで映画化した。2019年・第32回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門に出品され、主演の伊藤沙莉が東京ジェムストーン賞を受賞した。
あらすじ
雑居ビルにあるデリヘルの事務所で、華美な化粧と香水の匂いをさせながらしゃべる女たち。デリヘル嬢たちの世話係をするカノウは、様々な文句を突きつけてくる彼女たちへの対応に右往左往している。やがて、店で一番人気のマヒルが仕事を終えて戻って来る。何があっても楽しそうに笑う彼女がいると、部屋の空気は一変する。ある日、モデルのような体型の若い女が入店したことをきっかけに、店内での人間関係やそれぞれの人生背景が崩れはじめる。
満足度
(4.5/5.0点満点)
鑑賞直後のtweet
映画「タイトル、拒絶」
すげかった。なんだろ。この映画の世界に対して、客観的で俯瞰的な、視点をそもそも許してもらえない感。でも同時に、当事者への感情移入も許してもらえない。細かい感想なんか、無力だよなと思わざるを得ない。ただそこにある。タイトルなんか付かないわけだな。超オススメ! pic.twitter.com/N0Ll9ZvUEg— てっくぱぱ (@from_techpapa) November 26, 2020
感想(ネタバレあり)
将棋の詰め手のように、観客を、映画の世界観に、グイグイと追い詰めていく作品ように思えた。見ていると、ある種の辛い感覚があるけれど、目を背けたいほどではない。けれど、その場の空気から、目を背けないように、ジワジワと追い詰めてくる。その追い詰め方が、作品としてすごい。
描かれているのは、デリヘル、性産業の裏側。一応、あらすじに書かれているような物語のような展開はあるものの、物語はこの映画の本質じゃない。デリヘル嬢の待合部屋の、キワドいけれどありふれた日常の物語に乗って、その場所の風景のスケッチ画。雑用係の女スタッフ、カノウ(伊藤沙莉)の視点で描かれる。
(映画館のほとんどの観客と同じように)実際にデリヘルで場所で働いた経験がない私だが…描写がとてつもなくリアルなのだろうな、と感じる。ゴミ箱から精子の匂いがただよってきそうな粘っこい空気。コンドームのゴム、化粧と香水と、スタッフ男のアドレナリンのむせかえるような匂いが混ざる、ボロい部屋。そこにいるだけで、後ろ向きになってしまいそう。そんな場所。…書いてて辛くなるが、実際そういう現実があるのだろう。その現実を避けずに、描写している事が、まずすごい。
そんな物語なので、とても感情移入なんて出来ない。感情移入出来る、なんて言ったら、ウソになってしまう。自分自身の想像力の限りを尽くして性欲を受け止める仕事に思いを巡らすも、やはりグロテスクな想像しか出てこない。別に犯罪をしている訳でもない。お金もたくさんもらえる。それでも、劇中の言葉を借りるなら「社会の底辺」。それが、淡々とスケッチ的に描かれる。冒頭のシーン。スタッフのカノウは、最初はデリヘル嬢として働きに来たが、初めての客を取った時に、「生理的に無理」と裸同然でホテルから逃げ出して、結局スタッフに収まった。正に、どんなに想像しようとしても、当事者の想像が出来ない、という、多くの観客の象徴のような立場で描かれている。
待合室に渦巻く物語は、行き場のない怒りや、お互いに理解できない事への諦め。客の視点だと、怒りも諦めも全く脈絡が無いのだが、本人の中では「この場所にいる事に対する生きづらさ」みたいなものから、説明可能な「怒り」や「諦め」なのだろうと思う。感情移入が上手くできない事で見えてくる、隔絶感が、更に半端なく胸を締め付けてくる。
そんな描写なので、観客として「性風俗の人も人間だ。悩みも辛さもある。でも生きている。」みたいな、安易な感覚に飛びつきたくなる。己の股間の性欲の事は忘れて、ヒューマニストを気取りたくなる。女性雑用スタッフの目線で描かれているので、デリヘル嬢を見る目がかなり客観的だからこそ、そんな思いが芽生えてくるのだけれど、…後半の展開では、そんな事は許してもらえない。ラスト。同僚の男スタッフの言葉がショックで、泣きじゃくるカノウ。…実は私、カノウがなぜ泣いているのか、最後まで確信が持てなかった。…解釈の仕方がいくつか思いついてしまった。一つの解釈は、密かに淡い憧れを持っていた同僚から「女として見れない」と言われたことにショックだったから。もう一つの解釈は、デリヘル店の中でも比較的常識人っぽいスタッフが発した言葉が、あまりに鬼畜だったから。…どちらにしても、その後泣きじゃくるカノウの涙は、それまでの伊藤沙莉の演技とはちょっと変わって、どこか不自然に見える。
訳の分からない涙を見ていると、ヒューマニスト気取りそうな自分が、何だかとても恥ずかしい事のように思えてきた。客自身の愚かさを、泣かれている感覚。…映画が描いているこの状況に、何を言ったって奇麗事だ。奇麗事でこの映画を美化する事を、「涙」の一手で、見事に塞がれたように感じた。
感情移入も出来ない。ヒューマニストで美化することも出来ない。残ったのは、ただただ、デリヘル店、で働く、という現実。卑下でもなく、美化でもなく。あの、粘っこいむせるような匂いと、向け先のない怒りと、無関心とが作る空気を、ただただ率直に描く。その事実だけが重くのしかかったまま終演。客席の灯りが点いた。
そこに現実にある空気を、ただ切り取る。元々小劇場の脚本が原作だし、どちらかというと演劇っぽい描き方だけれども。その空気が頭から離れなくなる。そんな作品だった。
きっと、女性の視点だと、別の感想があるだろうし。いわゆるセックスワーカーの人が見たら、別の感想があるだろうと思う(「ウける」とか笑って見てそうな気もする)。全く理解できない人もいる作品だと思う。そんな、様々な感想での視点が気になる作品でもあった。
主演の伊藤沙莉はもちろん凄い。他の女優さん、残念ながら知っている方はいなかったけれど、凄まじい女優さんの宝庫。口角が微妙に動く中で生じるような、裏表の感情表現が、皆凄い。こんな映画に出ていたんだ、と後で振り返る日が来そう。
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